「……バダップ。」



気分は最悪だった。

しかも保健室から出て僅か数秒後にこの顔を見る羽目になるとは。



「…ミストレ、これで何度目だ。」

「……よん。」



バダップは、俺を咎めるようにそう言った。

4。

その数字は、今までオレが"こんな感じ"で女の子に迷惑かけた数。

正直、彼女達が酷い目に遭っても、罪悪感なんて感じたことはなかった。自身に力が無いのが悪い。オレは完璧なんだから、妬まれて当然だ。



「いい加減、反省というものを覚えたらどうだ。」

「してるよ!!」



煩い、苛々する、ムカつく、分かってる、申し訳なく思ってる。この痛いくらいにずたずたの罪悪感は、フランが教えてくれた。


「けどどうしろって言うのさ!?悪いけど、勝手にオレにひっついて勝手に傷付いてるだけの奴等になんか構ってられない。そんな浮ついた考えじゃ、君の隣に並ぶことすら許されない!!オレは自分が一番可愛いんだ!誰だってそうだろ!?確かに女の子を酷い目に合わせる奴は低俗で最低だと思うし、女の子に同情だってする。けどね、はっきり言って他人がどうなろうと知ったことじゃない!オレは正義のヒーローってやつでもないし、それに相当する正義感だって持っちゃいない!!嫉妬から集団で下らない復讐に走るのも、それを蹴散らせないのも、皆、自分が"弱い"のが悪いんじゃないか!!」



喉が叫びたいと熱を孕んだから、適当にあたり散らした。


どうしたらいいか分からない?

違う。

オレは、フランに謝りたい。

迎えに行ってあげればよかったよね、あいつらがしたこととはいえ、オレが原因だったことには変わり無いんだから。
元はと言えば、君に彼女になれと言ったのはオレだったし。迷惑かけてごめん、怖い思いさせてごめんね。

…けれどそれを口に出せないのは、これまでに培ってきた自尊心やプライドといった類の感情が、傷付くことを畏れているからだ。



「…弱者を助けることは、強者の義務だ。」

「……。」



正論を言ったバダップを、オレは睨んだ。



「……分かってるよ、それくらい。」



そう吐き捨てて、足速にその場を去った。

バダップが嫌いというわけではない、寧ろ好きな部類に入るんだけど……これ以上、バダップの気配を感じたくはなかった。






*






「……。」



なんとなく、ミストレに悪いこと言っちゃったのかなと。私は布団を握りしめた。

どの言葉が原因だったとか、私の何が悪かったのかとかは全然これっぽっちも分からないんだけど。なんか、ミストレ元気なかったなぁ…と、そう感じた。

そろそろ息苦しくなってきたので、私は被ったままの布団から頭を出した。
そしてその時視界に飛び込んで来たものは。



「うわぁ!!!?」

「?」



何やら私の枕元に手を伸ばしているバダップさんだったものですから、私は心底驚きました、ええ、そりゃあもう。



「体調は平気か?」



そんな心臓バックバクの私の顔を見ると、バダップさんはそう言って手を引っ込めた。



「は、はい…大丈夫、です。」



うおぉ顔まともに見れん!!
普段会う機会とか0に等しいからこういう時にこそがっつり見ておくべきなのに!!



もぞもぞと上半身を起こすと、枕元に新品の制服が置かれていることに気付いた。



「これ…。」



バダップさん持ってきてくれたんだ……貴方はサンタさんか。そんなことを思いつつ、ボタンが取れただけだったのにと、枕元に置かれた制服を手にとり、真新しい布地の感触に私はなんだか得した気分になった。



「費用を気にする必要はないそうだ。」



まじでか。

制服って結構高いのに…ラッキー。



「ありがとうございます!!」



満面の笑みでお礼を言えば、バダップさんは「いや、」となんだか謙遜とは違う否定的な返事を返した。



「礼ならミストレに言うといい。」

「え?」



少し心を掻き乱すその名前を聞いた途端、私の喉にひゅうっと冷たい空気が入り込んだ。



「"偶然"、金が入ったらしいからな。」

「あ、はは…そうなんだ。」



偶然、を強調して言ったバダップさん。要はあの男達対してに恐喝擬いのことをして、お金を巻き上げたに違いない。
そう思いながらふとバダップさんの顔へと視線を戻せば、何故かその口元は緩い弧を描いていた。

理由を問えば、彼は僅かに微笑みながらそれに答えた。



それを聞いて、私は……。







しわひとつない、

深い緑の制服に、腕を通した。



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