「寮内の異性の立ち入りは禁止されているはずだが?」
威圧感を放つ声、端正な鼻と眉、流れる白銀の髪に鋭い紅月の瞳。
一部の人間からから鬼と称される彼は、私にとってはただのイケメン…いや、正に救世主であり王子様だった。
「ば、バダップ・スリード…!!」
バダップさんが怖いのか、彼等はバダップさんの足元に倒れた友人に駆け寄ろうとはしなかった。
「てめえ、どうやって入ったんだよ!!」
「規則を破る生徒に罰を与えるため、寮の入り口には監視カメラが設置されている。」
マジか……あ、でもそういえば確かにそんなこと入寮時の説明会で聞いたかも。私も忘れてた。
「その時点で、特定された個人の部屋のセキュリティは停止される。俺は管理者の遣いでここに来たのだが…事情が変わったな。」
バダップさんの表情が微かに険しくなった。
「軍人を志す者として、婦女子に手を上げるとは…しかも女子生徒一人に対し男五人か。」
彼の眉間の皺が、その場に更なる緊張感を走らせた。
…全部が全部、かっこよかった。
鮮麗された肢体の動き、勢いよく躍る髪。
「…大丈夫か?」
私の頬に触れた指先は、冷たかった。けれども昔から、手が冷たい人は心が温かいと決まっている。
白い手袋に、傷口から流れた血が染みていく。伝った涙さえも、その白を汚した。
自分では気付かなかったけど、私の制服のボタンを留める糸はいつの間にか切られてしまっていて、バダップさんは私を気遣い、自分の上着を私にはおらせてくれた。
ありがとうございますとか、そんな言葉より。
「ぅ、ぇ……。」
恐怖が消されたおかげで、涙が溢れて止まらなかった。
受けとめてくれた胸板は厚くて、温かくて。
それは私を落ち着かせるための、事務的な行動だったのだろうけれど。優しく頭を撫でてくれたその感覚が、私の心に在る、確かな感情を動かした。
「立てるか?」
「…っ、はぃ、なんとか…。」
体を支えてくれる腕に、心臓がどきどきいってる。
ああ、そうか。
これが恋、なのかな……なんて思った。
「えへへ〜……。」
私は連れてこられた保健室のベッドの上で、ごろごろと過去回想に耽っていた。
すると突然カーテンが勢い良く開いて、ミストレが姿を現した。
「ただいま。」
「あ、お帰りー…どこ行ってたの?」
「別に…。」
なんだその態度は。
はぁー、バダップさん…是非お近付きになりたい。
しかし私ごときがどうやって…。
「あ。」
「え?」
少し機嫌が悪そうなミストレと目が合った。
そうだこれだよ!!
「ミストレ、あのっ!!」
「絶っ対に嫌!!」
まだ何も言ってないのに!!
そう目で訴えれば、ミストレに睨まれた。
「ふざけないでよ。彼氏に男紹介しろとか言う普通!?」
「いいじゃんケチ!!」
「ケチって何さ!」
どーせすぐ別れるのに。
ミストレに怒鳴られて、私は少し目頭が熱くなった。
「いいもん、ザゴメル君に頼むから。」
そう言ってさっきミストレに持ってきてもらった携帯を取り出せば、横から携帯を奪われた。
「ちょ、返してよお!」
「ダメ。」
伸ばされた私の手を、ミストレは椅子から立ち上がってするりと避けた。
私は怪我が痛むから大きく動けない。それを知ってか、ミストレは再び椅子に座ろうとはしなかった。
するとなにやら奴の指先が素早く動き、私の携帯を操作しだした。何をしているのかは分からないが、どうせろくなことに違いない。
「返してよ!」
「…はい。」
あれ、意外とあっさり
…ってええ!!!?
「何してくれてんのアンタ!!!!」
電話帳が、無い。
無いと言うか、こいつ私の携帯に入ってるアドレス全部消しおった。最悪だ。あ、一件残って…ってお前かい。
私が絶望感に浸ってうなだれていると、ミストレは自分の携帯で誰かに電話していた。
「あ、ザゴメル?あのさ、フランにバダップのこと聞かれても絶対に答えないでね?彼関係で何か頼まれても絶対引き受けないで。ゲボーとブボーにもそう言っといて。」
うっわ最悪、意味分かんないこの人、正に悪魔。
悪意を込めて目尻を吊り上げれば、ミストレはため息をついていた。
いやいや、なんでアンタが疲れた顔してんのさ。
「何?その目。」
「…ふんっ。」
私は勢いよく布団を被り、身を隠すように丸まった。
「…気分悪い。」
布団越し、ミストレがそう言ってカーテンを開けた。
「……。」
カーテンの閉まる音。ミストレがいなくなったのが分かった。
私の心中は、ミストレに対してのアドレスを消された恨みと、バダップさんに対する想いとの半々な状態だった。
悔しいよ
ちがうよあのね
本当はこんなことが言いたいんじゃなくってさ
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