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「はじめまして、だよね?」
オレは普段滅多に無い位に顔を歪め、そいつのベッドに踵を落とした。
こんな怖い顔、女の子には死んでも見せたくないな。
「誰でもいいんだけど、とりあえずお前。つーか全員聞こえてるよなあ?」
盛大に壁を殴れば、目の前にいる男子生徒は勿論、その場にいるオレ以外の人間が全員肩を跳ねさせたのが分かった。
「次こんなことしたら…なんて言うと思ったかよ下衆共!!お前等絶っ対ぇ許さねぇからな!!明日からの学園生活精々楽しみにしておけよ!?」
包帯に血が滲む程に頭部を強く握ってやれば、そいつはみっともなく泣きながら許しを乞うた。
「お前馬鹿?全員許さないって言ってんじゃん?」
更に力を込めれば、そいつは泡を吹いて気を失っていた。
乱暴に頭をベッドに叩きつけ、オレは破る勢いで隣のベッドのカーテンを開けた。
「ひっ!?」
「はい次お前。ああ、足怪我したんだ、全治何週間?」
顔を歪めたまま、声だけを柔らかくして問えば、目の前の男子生徒がカチカチと歯を鳴らす。
…最高の気分だね。
「何週と言わずに一生使い物にならないほどに砕いてあげようか!!」
正に子供向けアニメに出てくる悪役の如き笑顔を浮かべ、オレはそいつの足に軍靴の踵を落とした。醜い呻き声に、オレは更に口元を吊り上げた。
すると、ただやられるのを待つだけの恐怖に耐えきれなかったのか、背後から一人、椅子を掲げて襲い掛かって来た。
それを軽く避ければ、そいつは勝手に床に倒れこんだ。椅子が音を立てて床に転がる。
ん?こいつって…。
「ああ、お前だよお前!」
「ぐっ!!」
踏んで下さいと言わんばかりに床に広げられた背中に、オレは勢い良く靴裏を落とした。
「フランに聞いたよ?…お前、自分がされて嫌なことは人にしちゃ駄目って教わらなかった?」
ぐりぐりと足を動かしながら、オレはポケットから携帯用のナイフを取り出した。
「しかも、女の子の、よりによって"顔"に刃物を入れるなんて……オレだったら殺しちゃうなあ?」
フランがされてたみたいに、そのナイフで薄らと頬を切ってやれば、そいつは気を失った。
「弱っ、なんなの?」
まるで蜻蛉並の心臓の弱さだね。そうはき捨てれば、残っていた二人は逃げようとしていたのかこそこそとスリッパを履いていた。
「逃げようなんざ考えるだけ無駄だよ。」
取り出したのはここ、男子生徒用第二保健室に元からあった麻酔銃。引き金を引けば一人が倒れた。
あいつは後で骨に軽くヒビを入れてやるとして、残ったこいつはどうしよっかな。
「っ、うわぁ!!く、く、来るなぁ!!」
「お前ごときがオレに命令すんな。」
オレを誰だと思ってんの?
あ、そういえばフランの言ってた変態ってコイツかな。
「なかなかいい顔してるね?まあ、オレには到底及ばないけどさ。」
前髪を掴んで持ち上げる。
中途半端に綺麗な顔は、涙で醜さを増した気がする。
「女の子の苦し気な表情は確かに興奮するけどさあ?アンタはキモいだけだよ。」
「うぎゃあっ!?」
前髪を掴んでいた手を垂直に下ろし、それに合った位置に膝を勢いよく上げた。
プロテクターと頭蓋骨のぶつかる鈍い音がして、オレは短く息を吐いた。
ん、ちょっと落ち着いてきたかも。
「…ねー、起きてるよね?」
さっき麻酔銃で倒れた生徒に向かって声をかけた。
既にオレの狂気じみた笑みは顔から消え、そこには少し疲れた様子の表情が浮かんでいた。
「いいこと教えてあげるよ。」
ため息混じりにオレは言った。あの麻酔は傷の処置に伴う痛みを和らげるもの。睡眠薬ではない。
「確かに、フランはオレの恋人だよ、現段階では。でもあと4日で別れるんだ。彼女が傷付けられた位じゃオレは何とも思わない…はずなんだよね。…ともかく、じゃあなんでそれほど好きでもない女の為に、君達に対してこーゆーことしてんのかと言われれば…聞いてくれる?」
「き、聞きます聞きます!!」
「フランにさ、こう言われたんだよ。」
独り言のように吐き出した。
「"バダップさんって、すっごいカッコいいね"、だって。」
思い出したら、また心臓がぐちゃぐちゃしてきた。
「屈辱だったよ……ねえ、君達のせいだよ?まったくどうしてくれるわけ?」
再びふつふつと湧いてきた憤りのままに、オレは麻酔で動けないそいつの肩を蹴飛ばした。
しかし直後保健室の扉が開き、保健室担当の一人である、白衣を着た教官が入って来た。多分、彼等の様子を見に来たのだろう。
「ミストレ君、どういうことなのこれ?」
彼女は室内の状況に眉をひそめた。けれどその口が発した問いは、決してオレを疑ったものではく、あくまで純粋な状況説明を求めたものだった。
「教かっ…!?」
「廊下を通ったらたまたま騒がしい声が聞こえたもので。」
男子生徒が口を開きかけたが、オレは教官にばれないようにその髪を強く踏んで脅してやった。
「どうやら仲間内で喧嘩をしていたようで…責任の擦り合いでしょうね。怪我が酷くなる前にと、気絶させておきました。」
先程の様子からは想像もつかないような綺麗な笑みを浮かべ、オレは教官に嘘をついた。
「…まあ、そうなの。」
学年二位、しかも教官達からも信頼を得ているオレがこう言うんだ。仮に問題を起こしたこいつらが本当のことを話したとしても、皆オレの言うことを信じるに決まってる。
「では、オレはこれで失礼します。」
「ええ。ありがとうねミストレ君。」
「違っ、教官!!」
ふん、精々吠えてろ。
去り際に振り向いて嗤ってやれば、心底悔しそうな眼差しを返された。
廊下を歩いて数分後。オレは携帯を取り出してエスカバに電話をかけた。
『…んだよ何か用か?つーかお前から電話とかなんかこえーよ…。』
「あっそ。…ねえエスカバ、ちょっと君に聞きたいんだけど。」
『…なんで俺?』
「オレが女の子に聞いたら答えは一つしかないからだよ。あの、」
電話の向こうで、エスカバが息を飲んだのが分かった。
「…バダップとオレ、どっちが白馬の王子様?」
『……は?』
まあ、エスカバの気持ちも分からなくはない。
こんなことなら、さっさと君を迎えに行くべきだった。
分かる?
オレが今どんなに屈辱的な気分で、どんなに苛々してるのか。
どうしてオレが、フランの言葉ごときに掻き乱されなくちゃいけないのさ。
なにこの新展開
すっごくいらないし、全然面白くない。
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