いつもならカエルみたいに唸って嫌々起きるんだけど、その日の朝は随分と穏やかに目覚めた。


目を開ければミストレの顔が…というわけでもなく、視界には普通に自分の部屋の風景が写り込んだ。

ではあいつは何処へ行ったのかと言えば、そんなの探すまでもない。
お腹に腕の圧迫感、肩に艶のある髪の毛のくすぐったさ。…後ろか。



「ミストレ、起きてる?」

「んぅ……何?」



腕を揺すると、ミストレは私を一層強く抱き締めて返答を返した。



「…今何時?」

「5時。」

「早いょ…まだ寝かせて。」

「それは別にいいんだけどさあ、腕放してよ。私が起きれないじゃん。」

「やだ…行かないでよ。」



こもった声、弱くなる語尾。まだ寝呆けているのか、口調にいつもの朿が感じられない。それどころか、まるで小さな子供みたいだ。



「…ミストレ。」

「なぁに?…。」

「昨日さ、誘われたくせにどうしてキスしなかったの?」



ふと、昨日聞きそびれた疑問を口にしてみた。すると、ミストレは目も開けずに酷く聞き取り辛い声を発した。



「……ら。」

「え?」

「君の、妹だからだよ…。」

「……。」



それっきり、ミストレは再び深い眠りに落ちてしまった。



「…なにそれ。」



変な理由。






*






「ん…。」



鳴り響くアラームを止めたのはオレだった。布団はちゃんとかかってる。
けどなんだろう、この違和感は。


そう思って隣を見ると、フランの姿が無かった。しかしその後すぐに床で穏やかに寝息を立てる彼女の姿を発見し、オレは呆れてため息も出なかった。



「フラン。」



ベッドから降りて肩を揺すれば、フランは身動ぎをして目を開けた。



「おはよ。布団もかけずに床で寝てたけど、体調、もういいの?」

「うーん…へーき。」



床に寝そべったまま変な動きをするフラン。多分、寝起きだから身体を伸ばしてるつもりなんだろうけど。



「じゃ、オレ着替えるからあっちの部屋行くね。分かってるとは思うけど、二度寝はしないように。」

「…それをあんたが言うか。」

「どういうこと?」

「覚えてないならいーや。」



フランは上半身を起こすと、口元に手をあてて大きな欠伸をした。

オレが部屋を出ようと扉に手をかけた時。



「あ、ミストレ。」



フランがオレの名前を呼んだ。



「おはよう。」



言い忘れてたから。


可愛気の欠片も無いボサボサの頭をかきながらそう言ったフランに対し、オレは黙って部屋を後にした。




予め制服は持って来ていたから、特に急いで取りに行く必要もない。洗面所で顔洗ったり歯磨いたり、髪型もセットして、朝支度は一通り済ませた。

残りは朝食、か。

そう思って広いリビングへと通じる扉を開ければ、テーブルには既に料理が並んでいた。
仄かに湯気をたてながらかすかに明かりを反射しているそれらに、オレは感嘆の息を漏らした。



「あ、洗面所開いた?」



制服姿のフランが箸を並べながらオレを見た。



「うん。すごいね、職にしてるわけでもないのに、朝からこのクオリティとはさ。」

「まあ一回先に起きて準備したから。それに作り慣れてるし。お弁当と若干被るやつあるけどいいよね?」

「構わないよ。」



あ、良かった。

小さな呟きを残して、フランは二階へと上がって行った。

音が無いのもなんだか寂しく感じられたので、オレはテレビのスイッチを点けた。



「うっそお姉ちゃんどうしてもっと早く起こしてくれなかったのぉ!?」

「はあ?いっつもこの時間帯に起こしてるでしょうが!」

「今朝はミストレさんが来てるからちゃんとした格好でご飯食べたかったの!!」

「知るかっ!!いつもの如くパジャマで飯食いやがれ!!」

「鬼っ!!」

「つーか目覚まし使えよ!!」



二階から聞こえてきた声に、オレは口元を緩めた。






*






王牙学園の朝は他の学校と比べれば30分程早いから、必然的に私達の方が早く出ることになる。



「行ってきまぁす。」

「いってらぁ。…あ、ミストレさんまた来てくださいね!」

「うん、ありがとう。」



天気は良かったけど、朝の冷たい空気が肌を撫でた。



「…いいね、なんか。」



隣でミストレが独り言の様に呟いたのを、私は白い息を吐きながら聞いていた。






君と一緒の朝

会話なんか無くても充分。


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