「何か手伝うことある?」
「ふえ?ぁ、ありがとうございます!でもミストレさんお客様だし、リビングで休んでて下さい!」
「そう?じゃあ楽しみにして待ってます。」
「はい!」
「……。」
うぇ〜い、なんだこの居心地の悪さは。
そう心の中で呟きながら、私はリビングで最近新調したばかりのソファーに寝転んでいた。
温度調節内蔵なので、柔らかなソファーはほこほこと暖かい。まるで雛鳥の気分だ。
「いいの?ベッドで寝てなくて。」
中身の入ったコップを持ったミストレが、横たわる私から見て斜め上のソファーに座った。
「可愛い妹が悪魔の手に落ちないか見張ってんの。」
「ふーん、仲良いんだ。」
笑いながら、ミストレはリモコンディスプレイを表示させ、テレビの電源を点けた。
「料理したことないんじゃなかったの?」
「大体出来てるみたいだったし、あの状態なら大抵の女の子は断るよ。頼まれたとしても食器の準備位かな。」
余裕の表情でそう口にしたミストレに、私は呆れを通り越して感心してしまった。
状況把握能力って言うか、なんていうか。
「ミストレ、」
「んー?」
「あんたやっぱりすごいね。」
「そう、ありがと。」
……あれ?
「……ミストレー。」
「ん。」
「ミストレってやっぱりかっこいいねー。」
「あー…うん。知ってる。」
「……。」
せっかく私が褒めてあげてるのというのに、ミストレは全然大したことなさそうにニュースを見ていた。
…おかしいな。
つい数日前に要求された言葉を言ってみたというのに。
髪もきっちり結んでるし、服もちゃんとしてるのに、なんていうか、今のミストレは"オフ"って感じだ。
一切表情の作られていない横顔は、やっぱり白くて綺麗な肌で、深い紫の目を縁取る睫毛も長くて。
かっこいいって言うより、綺麗って言うほうがしっくりくるなと思った。
10分位、私達は会話も無しに、黙ってテレビを見ていた。
さっきたくさん寝たおかげで、寝心地の良い場所にいても眠気に襲われることはなかった。
あ、そういえば私、今パジャマじゃん。
そう思ったけど、なんか今さらだし、気にしないことにした。
カタカタと食器を並べる音がする。
うう、せっかくだから私が食欲あるときに豪華なご飯作ってよ…。
アサリのスープかぁ。
コーンポタージュがよかったなあ。
気配を感じ取るのは得意なので、目で見ていなくても、妹が少しこちらに足を動かしたのが分かった。
ミストレも気付いたのか、テレビのスイッチを切っていた。
「ミストレさん、晩ご飯出来ましたよぉ!!」
「うん、ありがとう。」
あ、スイッチ入った。
っていうかミストレよりまず私を呼ばんかい!!
「フラン、立てる?」
「…うん。」
あーやだやだ、これだからイケメンを前にした女子というやつは。
そう心の中で悪態をついていた私は、ミストレが私を気遣うようにして隣に寄り添って歩いていたことに全く気が付かなかった。
「はい。」
「…ありがと。」
ミストレが椅子を引く様はすごく自然で、流石だなとか思った。
私が椅子に座ると、ミストレは私の隣に座っていた。
「……。」
ミストレが自分を見ていることに気付いた我が妹は、エプロンの紐に手をかけたまま首をかしげた。
「どうかしましたか?」
彼女がそう訊ねると、ミストレはまたふんわりとした笑顔を浮かべた。
「うん、エプロン姿も可愛いなあって。」
「っ!!!?」
「あー!?ちょ、ミストっ、っ、もぉー!!!!」
ミストレに褒められた妹は、案の定顔を赤くしてエプロンに伸ばした手を引っ込めてしまった。
「そうゆうのやめてってば!!」
「正直に言ったまでだよ。
なあにフラン、嫉妬しちゃった?」
クスクスと綺麗に笑うミストレは、そう言って私の髪を撫でた。
その表情は好きなんだけど、綺麗すぎるから嫌なんだよね…。
数日間ミストレの偽物彼女をやってきた私は、どうにも奴の笑顔が嘘くさく見えてしまう。
あっこらおまっ!何ちゃっかりミストレの前に座ってんだよ!?
やめなさい!毒されちゃうからやめなさいって!!
「美味しい、料理上手なんだね?」
「そ、そんなことないですよっ!!」
「謙遜しなくてもいいよ。将来いい奥さんになるね。」
あー、あー、聞こえない聞こえない。私には何にも聞こえない。
そう自分に暗示をかけつつ、私は無駄に豪華で甘ったるい雰囲気の夕食を終えたのだった。
これなんて罰ゲーム?
あ、お風呂のスイッチ入れといたから、お姉ちゃん先に入っていいよ。
……はいよ。
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