私にオレンジを食べさせると同時進行で、ミストレも同じようにオレンジを口に含んでいた。

普段お弁当を食べてる時と違って、ミストレは何も喋らなかったから、私はなんだか緊張してしまった。



やがてオレンジを食べ終えると、ミストレはオレンジと一緒に持って来ていたおしぼりで手を拭いていた。
視線が再び私に戻ったかと思うと、ミストレは私の額に貼られていたひえぴたを剥がし、反対の手で額を覆うように触れてきた。



「…まだ熱は下がってないみたいだね。」

「うん。でも大分楽になったよ?」



ミストレの手はひんやりとしていて、熱を持った私には心地が良かった。
もっと触れていたくて、私は額にあるミストレの手に自分の右手を重ねた。



「…フラン?」

「ぇ、あ、ごめん!!」



はっ!?

いかんいかん、こいつはあのミストレなんだ、私ってば何をしてるんだまったく。



ミストレの顔を見ると、彼はなんだか不思議そうな表情で私を見ていた。
それから、またいつもの如くエンジェルスマイルを浮かべるのかと思いきや、ミストレは眉をひそめて何かを考えているようだった。



「…ごめんフラン、ちょっと帰るよ。」

「え!?あ、うん…。」



冷たい声。

突き放すような言葉だった。



呆気にとられた私を残し、ミストレはすたすたと部屋を出て行ってしまった。

扉の閉まる音が、どうしてか大きく聞こえた。



オレンジの皮とタオルはそのままだったけど、なんだか最初から自分以外誰もいなかったのではという錯覚に陥ってしまう。



「…うわあ、なんか寂しー。」



布団を首まで被って、うわごとのように呟いた。


時計を見れば、もうすぐ夕方だった。






*






寝ながら適当にテレビを見るのも、それなりの退屈しのぎにはなった。
携帯を開けば、仲の良い友人からメールが届いていたので、返信メールを打ったりなんかしていた。

ちらりと時計に目を向ければ、まだ1時間も経っていなかった。



…あまりに暇なので、一人悲しく脳内で語ろうかと思う。


私の家は、軍人の家系だ。
父方の祖父も当然軍人で、私が生まれる前に戦場で亡くなったと聞いている。

父、いや、オトンは現在軍の諜報部にいる。
我がオトンながら、なかなかのダンディな男性というかなんというか、そのせいもあって、担当はヒューミント。
やってることは男性版ハニートラップと言ったところだ。一言で片付けるとしたらスパイ。
だからオトンの名前は外では出さないようにしているのだ。

…ちなみに、私は母さん似なのでオトンの美形ステータスは全て妹に持ってかれた。

話を元に戻すが、オトンはスパイ関係無しにまあ遊び人だ。いい歳こいてチャラチャラチャラチャラ…。
この間来た"父さんは元気でやってます"と打たれたメールの添付写真なんか、両腕に金髪美女抱えてどや顔してた。元気でヤってますの間違いなんじゃねえのクソ親父?とか思った。
しかしまあ、そんなオトンもなんやかんやで母さんが一番らしい。

一方の母さんは元軍医で、結婚したのは当然オトンがプロポーズしたからだったんだけど、何でも母さんは"友達も旦那持ちばっかりだし、結婚とか正直どうでもいいけど、そろそろしとかないとやばい!!"…な感じで、2つ返事でOKしてしまったらしい。

オトンは母さんを愛してるらしいけど、母さんはそこまでオトンが大好きってわけではないらしい。
オトンに関して、母さんは結構ドライだ。
だからオトンの仕事が何だろうとどこぞの女と寝てようと、母さんは何も言わない。嫉妬どころか、関心さえ湧かないらしい。


私を身籠ったことをきっかけに母さんは軍医を辞めたけど、一年ほど前に母さんは国際的医療団体に加わり、今は家をあけて発展途上国で医師として活動している。
そんな両親を見てきたせいか、私達姉妹はそれぞれ両親に似てしまった。オトンに似て美人の妹は、幼稚園時から彼氏のいない日とか無いんじゃね?位にキャッキャウフフな青春を謳歌している。
一方の私と言えば、母さんに似て恋愛に関して実にドラぁイな感覚をしている。

そりゃあ女の子だから、カッコいい彼氏に憧れたりはするし、同年代のリア充女子を羨んだりもする。

けれどオトンがオトンなだけに、憧れてる"だけ"なのだ。

現実的に考えて、結婚するなら顔はむしろ中の下位。
浮気なんてもっての他、私だけを一途に愛してくれる優し〜い旦那様が理想。正直ザゴメル君ガチで結婚してほしい。

…しかし、やはりそう考えると、あの三つ編みナルシストは私の理想に反している。というかむしろ真逆。



「……。」



なんだかまた喉渇いて来ちゃった。

オレンジの皮持ってくついでに、水でも飲みに行くか。
そう思い階段を下りて台所へ行くと、妹が晩ご飯の準備をしているところだった。


ポテトサラダにアサリのスープ、それにローストビーフ。
せかせかと準備をしているあれは、ひょっとしてグラタン??



「…え、多くない?」



ちょっとしたパーティーでも開くつもりですか?私風邪引いて…あ、だからか。
私を元気にしようとして…グスン、お前って奴はぁ!!



「ちょ、お姉ちゃん、オレンジの皮は棄てないでそこ置いて!後で除菌乾燥させて紅茶にするんだからっ!!」

「ぁ、うんごめん。」

「っていうか風邪引いてるんだからキッチンに来ないでよ!!」



…あれ、怒られた。

ん、何故かしら、対応が冷たい。



「……。」



コップで水を飲んでいると、不意にインターホンが鳴った。
こんな時間だし、宅急便かな?
そう思っていると、妹は嬉々とした様子で玄関へと走って行った。何か通販でもしたのだろうか。



「あ、私荷物持ちますよ!」

「少しだから大丈夫だよ。女の子に物を持たせるわけにはいかないしね。」



あれ、なんか宅急便にしては会話がおかしい。
というか、あの声聞き覚えが…。



「…ゲホッ!!」



衝撃のあまり肺に水が入ってしまった。



「あ、ただいまフラン。」



振り向けば、そこには見覚えのない鞄を持ったミストレがいた。



「ただいまって、さっき帰ったんじゃ…。」

「うん、帰ったよ?」



ミストレはにこにこと微笑んでいた。

…ああ、そうだ。こいつ確かに、"ちょっと"帰るって言ってたっけ…。


つかただいまって、ここ貴方の家じゃないんですけど。



というか、この時間にあの荷物、それに妹のこのはりきり様っ!!



「ま、まさか…。」



顔を青くする私に対し、ミストレは心配するどころかニヤリと口元を吊り上げた。



「あれ、お姉ちゃん聞いてなかったの?」

「な、何をよ…。」



聞きたくない、できれば聞きたくない。



「ミストレさん今日は泊まってくれるって!」



嬉しそうな彼女と相反し、私はなんだか泣きたくなった。



「っ、ぉ、おの、れっ!!」



半ば午前の時点で分かりきってはいたものの、どうやら我が妹は早くもミストレの甘ぁい毒に侵されてしまったようだった。







立たぬなら
作ってしまおう
Newフラグ


つきっきりで看病してあげるよ。


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