「どーも。」
ベッドにゆっくり降ろすと、フランは抑揚の無い声でそう言った。
布団をかけてやると、彼女は枕に深く頭を沈めて目を閉じた。
「……寝るの?」
せっかくオレが来てるのに。
「…帰ってもいいよ?」
上目遣いで、少し申し訳なさそうな顔でそう言ったフランは、あからさまに弱っていた。
食べ物を口に入れたおかけで、それを分解しようと体内の細胞が活性化しているせいだろう。
「いいよ別。君が目覚めるまでここにいてあげる。」
「…うぁ、何その上から目線。」
「ま、流石に飽きたら帰るけどね。」
椅子に座ってそう言えば、フランは言葉を返さなかった。
…ホントに寝ちゃったんだ。
「…あーあ。」
つまらないなあ。
…フランの言う通り、帰ってもよかった。
適当な女の子と遊ぶもよし、打倒バダップ目指して勉強するもよし。考えてみれば、オレが選んだのは最高に退屈な選択肢だった。
あー…でも目が覚めるまでいるって言っちゃったし、見る限り両親は家にいないみたいだから、起きて部屋に一人きりだったら心細そうだな。
まあ別にフランにそこまで気を使う理由なんか無……あぁ、オレを好きになってもらうんだっけ?ならやっぱり傍にいてあげないとね。
とりあえず、先程中途半端にしていたメールを仕上げ、送信ボタンを押した。
「…最初の目的忘れちゃうとか。」
なんかこの子といると調子狂うなあ。
*
「……。」
ぱちり。
効果音をつけるとしたら、正にそんな感じ。
目が覚めたら、眠りにつく前より幾分か楽になった気がした。
額には身に覚えのないひえぴたが貼られていて、マスクもいつの間にか外されていた。
あれ、夢遊病?とか一瞬思ったけど、ミストレがやってくれたんだろうな…。
あ、空気清浄機の設定が除菌モード強になってる。
部屋を見渡しても、誰もいなかった。
あれだけ来訪を拒んでたけど、なんか寂しいなあなんて思ってしまったその時、部屋の扉が開いた。
「あれ、起きてたんだ。」
妹かと思ったけど、ミストレだった。
「今起きたの?」
「うん。」
「そう。」
タイミング悪かったなぁ。
そう呟いて、ミストレはまた椅子に座った。
「妹さんにオレンジ貰って来たんだ、食べるでしょ?」
「剥いてくれるの?」
「まあ、それくらいはしてあげるよ。」
オレンジの分厚い皮がミストレの白い指に突き破られる様を、私はまだ微妙に意識のはっきりしない頭で見ていた。
私よりずっと綺麗な指だけど、確かに男の子の手だった。
もぞもぞと布団から右手を出し、ミストレの手と比較してみた。
うわぁ、私ってばマジ黄色人種。しかも指太いな、縦爪で幾分かはマシな感じに見えるけど。
「どうかしたの?」
「…別に。」
柑橘系の匂いがツンと鼻にきた。
いい香り。
家のトイレの消臭剤もオレンジの香りなんだよなぁ…って、この話全然美味しそうじゃない。
「フラン、ほら。食べさせてあげる。口あけて?」
「え!?」
思わず肩が跳ねてしまった。
「ちょ、そんなに驚くこと?」
オレンジの房を摘んだミストレが、私を不審そうに見ている。
「あーいやいや別に!!」
なんだよ私ぁまたアンタのことだから、口移しで食べさせてア・ゲ・ルみたいなことになるんじゃないかと…。
「よ、余計な心配でしたね…。」
「何が?」
「こっちの話…。」
いくらなんでもそりゃないか。
指示通りに口を開けると、ミストレは丁寧に私にオレンジを食べさせてくれた。
繊維が潰れていく食感と、甘酸っぱいフルーツの味。ああ、美味しい。
ミストレだけど、仮にも真にもイケメンに優しくされてるよ私。
なんていうか、これが青春の味なのかしら。
「うわ、フラン何その顔、やっぱり熱で頭やられちゃった?」
「……。」
やっぱりさあ、うん…。
前言撤回ってやつだよね、言ってないけど。
もう一個ちょうだい
ん、口開けて。
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