「お姉ちゃーん!」
「うわああぁぁぁ!!」
本日は実に天気の清々しい冬の日曜日。そして時刻は午前10時23分。部屋の外から聞こえてきた妹の声に、私は絶望的な気分になった。
「ちょ、何叫んでんの。実は今お姉ちゃ、」
「いいよいいよ言わなくても!大体予想ついちゃってるから!?来たんでしょ…来たんでしょ!?」
私が布団に包まってそう言ったのと同時。
「せいかーい。…やっほーフラン、意外と元気そうで何よりだよ。」
部屋の扉が開いて、コンビニ袋をぶら下げたミストレが姿を見せた。
「…え、ていうかアンタ面識無いくせに家に他人上げちゃったわけ?」
「だぁってミストレさんお姉ちゃんの彼氏なんでしょ?」
「あと一週間したらフラれる予定だけどね!?」
妹の口調がなんか甘ったるく聞こえるのは、きっと幻聴なんかじゃない。違う学校に通う一個下の我が妹は、属に言うとミーハー女。
キッと彼女を睨み付けてみたものの、奴はミストレとの話に夢中で私のことなんか見向きもしない。
おいこら扉開けっ放しで会話に華咲かすな、お前等何しに来た。
「それじゃお姉ちゃん、ごゆっくりぃ!」
「ホントにそう思ってるなら一人にしてよ。」
そんな私の気持ちも虚しく、相変わらず綺麗に笑うミストレだけを残し、妹は扉を閉めた。
「気分はどう?」
「…イマイチ。」
「だろうね。」
ミストレはベッドの隣に移動させた椅子に座ると、持っていたコンビニの袋から何かを取り出して私に手渡した。
「はい、ちゃんとこれ着けて?」
「これ…」
マスクか。
ご丁寧にハートのワンポイントまである。
「…ミストレが付けるべきなんじゃないの?」
「フラン知らないの?マスクは本来外界のウイルスを防ぐためじゃなくて、自分が持つ細菌を周囲に撒かないためにつけるんだよ?だからこれは君がオレのために着けるべき。」
「了解。」
結局自分が一番大事なのね、はいはい。
「ちゃんとご飯食べたの?」
「食べてない…。」
私がそう答えると、ミストレは呆れ顔でため息をついた。
「しょうがないなあ、何か作る?」
「え、いいよそんな…っていうか料理できるの?」
「君ねぇ、オレを誰だと思ってるの?」
「み、ミストレーネ・カルス。」
「正解。何食べたい?」
「んー……お粥?」
ここでミネストローネとか言ったら殺されそうだな、
なんていう下らないことを考えながら結局、風邪といったら!、というオーソドックスな答えに落ち着いたのだった。
*
「はいフラン、あーん。」
「いいよいいよ!!自分で食べれるってば!?」
お約束の展開ありがとよっ!!
けどいいっつの!!
首を振って拒否を続けていると、ミストレは急に困ったように、「フランはオレの作ったご飯が食べられないの?」と可愛い顔で首を傾げたのだった。
うお、重っ!?この部屋ちょっと重力おかしいんじゃないの?なんでこんなに肌びりびりするのかしら!?
「…わあ、美味しそう。」
寒い、この部屋すごい寒い。私は大人しく、差し出された蓮華を受け入れた。
「ん…。美味しい。」
青紫蘇とか梅干しの味がいい感じになってて、素直に美味しい。
率直な感想を口にすると、ミストレは驚いたように私を見た。
「…え、何その反応?」
「あ、いや、その…なんでもないよ!」
なんか疑わしかったけど、ミストレはなんとなく嬉しそうに見えた。
「なんでもないわけないでしょ。食べてるこっちが不安だから言ってよ?」
「あー……料理作ったのとか、初めてなんだよね。」
「…はい?」
なんと。
あれだけ私を責め立てておいてか。
え、でも小等部の調理実習とか…あ、そうか、女子が張り切ったんだな。わかった。
「へー、器用だねミストレ。お粥といえど初料理がここまで上手いとは。」
てっきり、当然だろ?とか言ってくるもんだと思っていた。
しかし。
「……やっぱり自分で食べて。」
「え!?」
言われるがまま、私はミストレから器と蓮華を受け取った。
いや、願ったり叶ったりなんだけど…一体どうしたんだ。
私が二口目を口に含んだ時、ミストレと目が合った。
するとミストレは何故か視線をそらしてしまった。
「…ミストレ?」
「何?」
声は普通だったけど、なんかいつものミストレじゃないような…。
「もしかして、」
ひょっとすると?
「ミストレ、照れてる?」
「はあ!?君馬鹿じゃないの!どうしてオレがフランごときに照れなくちゃいけないのさっ!!」
フランごときって!!
しかしミストレさん、顔と言葉が一致していないっ!!
まあ、ここは奴のプライドを買ってやるか…。
「びょ、病人相手に怒鳴らないでよ。」
そう言って、私はその話を切り上げた。
なんか、ミストレのこういう反応珍しいな。
もう少しいじってはみたかったけど、あれ以上いけばマジギレさせてしまう可能性があるので我慢だ。
「ごちそうさまでした。」
湯呑みのお茶も飲み干し、丁寧に手を合わせてそう言うと、ミストレは褒めるように私の頭を撫でた。
「ねえ、私ってそんなに子供っぽいかな?」
「え?あ、ごめん。」
別に怒ってたわけじゃないのに、ミストレはさっと手を引っ込めてしまった。
「食器片付けてくるよ。」
「うん、ありがとう。」
お礼を言った瞬間、ミストレは動きを止めた。
しかしそれは本当に一瞬のことで、彼はすぐにお盆を持って部屋を出て行った。
*
「……。」
他人に褒められて嬉しい、なんて。
随分と久しぶりのことだった。
その感情も影響してか、手を合わせてごちそうさまと言ったフランが、すごく可愛く見えた。
フラン以上に可愛い女の子なんて、親衛隊にもたくさんいるのに。
…オレに溺れさせて、最後に捨ててあげるために一緒にいるというのに、彼女に好意を抱くのは間違っている。
「はぁ……。」
馬鹿みたい。
どうしてオレが、フランなんかのために悩まなくちゃなんないのさ。
「あ、ミストレさん、食器なら私が洗っておきますよ?」
「ありがとう、でもオレにやらせてくれる?」
いつもの調子で微笑めば、フランの妹である彼女は顔を赤らめて立ち去った。
そういえば、フランのああいう反応まだ見てないな。
食器を洗うための洗剤を出しながら、浅いため息をついた。
「あんなに可愛くないのに。」
これまでのフランとのやりとりを思い出し、オレは自分を否定するようにそう呟いた。
もやもやした気分とは相反した、軽快な音楽が鳴り響く。
携帯だ。
メール…親衛隊の女の子か。
受信メールを確認すれば、相手は最近特に気に入っていた子で、オレのテンションは少し上向きになった。
「う"ぁックションッ!!」
「……ホント、色気無いなぁ。」
その子に返信を打っていると、廊下の方から豪快なくしゃみが聞こえた。
文面もそこそこに、オレは携帯を閉じた。
「フラン、何してんの?」
「ぁ、ぅ、トイレ!別に私が我が家で何しようと勝手でしょうが!!」
鼻声とマスクを着けているせいで、言葉がやや聞き取り辛かった。
「あー、はいはい。んで、今部屋に戻るところ?」
「そうだけど、っと。」
フランがバランスを崩したところを、二の腕を掴んで引き止める。
「危ない危ない、ありがとミストレ。」
「ん。」
オレが思うに、この子は軍人には向いてない。
馬鹿だし、弱いし、隙だらけだし。
「しょうがない。フラン、乗って?」
「え?」
膝を折って、背中をフランに向ける。
オレが何を言っているのか理解したフランは、頭痛がするであろうにも関わらず、ぶんぶんと首を横に振った。
「いくらなんでも家の中でそんなことする必要無いよ、子供じゃあるまいし!!」
「階段から転げ落ちて救急車で運ばれる君に、病院まで付いて行くオレのことも考えて。なにも慈善活動してるんじゃないんだ、君が怪我したら面倒なんだよ。」
「か、階段でなんて転ばないもん。」
「今廊下の床に勢い良くキスしようとしてたのは何処の誰?」
「ぐ、」
「アーア。無機物相手ニ嫉妬シチャウー。」
「な、なんて棒読み……ともかく、一人で行けるったら行ける!!」
「ふーん。仕方ないなぁ…。」
足を痛めたときみたく、素直にオレに頼ればいいのに。
立ち上がって、オレはフランの体に手を伸ばした。
「うひゃあ!?」
両腕でフランを持ち上げると、彼女は珍しく高い声を出した。
抵抗する体力も無いのか、フランはおとなしくオレの腕の中に収まっていた。
あ、意外と肩硬い。
なんだ、ちゃっかり鍛えてるんじゃん。
階段を上がっている途中で、今更ながらに彼女を"ちゃんと"抱き締めたことが無いことに気が付いた。
ご機嫌はいかがですか?
やっぱり君、あっついね。
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