*






「で、できたぁ〜…。」



問題集の最後のページをぱたんと閉じ、私は机に上半身を倒した。



「へー。やればできるじゃないか。」



現在地、王牙学園校舎内の教室。
現在時刻、PM19:38。

校舎を出なければならないのは夕方8時まで。



「よかったぁ、ギリギリ間に合ったよぉ。カルス先生のおかげです。」

「当然。」



とんだ鬼教師だったけどな…。



「上に立つ人間としては、部下の教育も大切だからね。」



そう言ってミストレは、机に突っ伏す私の髪を梳いた。



「あ、教官に提出して来ないと…。」

「いいよ休んでて。オレが行って来るから。」

「え?」



…何この人、急に優しくなったんですが。

裏がありそうで怖いんだけど?



「…何?」

「な、何でもない!」



ぶんぶんと首を振れば、ミストレは完成した私の課題を手に椅子から立ち上がった。



「でも残念だねフラン。」

「何が?」

「せっかくオレの部屋に上がるチャンスだったのにさ。」

「あはは、むしろそれを避けるために頑張ったんですって!……痛たた、ちょっと、ミストレやめて、痛い、ごめん、ごめんなさいって!!」



さっきは優しく梳かれていた髪を荒々しく引っ張られ、私の目には涙が滲んだ。



「…じゃ、送ってってあげるから、先に帰らないでよね?」

「はぁい。」



教室から出て行くミストレの背に、私は手を振った。

本当は一人でゆったりとコンビニデザートでも買って帰りたかったのだが、私は引っ張られた髪を労るように撫でながら大人しく彼を待つことにした。



「……?。」



おかしいな、なんか頭が痛いかも。

ミストレに髪引っ張られたせいかな?それになんだか身体がだるいような気が…。


あの過酷な状況&ハードな勉強のせいで疲れちゃったのかな?

あー、帰って早く寝たい。


そんなことを考えながら帰り支度を済ませ、ぼっーと窓の外を眺めていると。



「フラン、お待たせ。帰ろ?」



ミストレが職員室から帰って来た。



「あ、うん帰る帰、るっ…!?」

「!」



鞄を持って椅子から立ち上がった途端、何故か足がもつれ、私の身体はぐらりと傾いた。

ミストレはそれに素早く反応し、倒れる私を受け止めてくれた。



「あゎ、ごめっ、ありがとうミストレ。」



自力で立とうとして彼から離れようとするものの、何故かミストレは私を放してはくれなかった。

どうしたのだろうと顔を見れば、ミストレは訝しげに眉をひそめていた。



「……熱い。」

「え?」



暑い?

何言ってるのこの人。



「暑いってか、むしろ寒くない?」



おっかしいなぁ、さっきまで何ともなかったのに。

しかも温度設備も完璧な校舎内でここまで寒いとは。



「フラン、君まさか熱でもあるんじゃない?」

「え〜、言われちゃうとそう思い込んじゃうよ。」



いや、ヤバイ。

思い込みとかそんなんじゃない、これはマジで風邪引いたかもしれん。



「大丈夫?何か顔色悪いっていうか、明らかに具合悪そうなんだけど。」

「う〜ん…ホントに熱出ちゃったかもね。ということで早く帰って寝る。月曜に欠席はまずいから明日も一日寝てる。」



マフラーを首に巻きながらそう言うと、ミストレは何だか複雑な顔をしていた。



「どうしたの?」

「……フランってさぁ。」

「んー?」

「ことごとくオレとのフラグ潰しちゃうよね。」



ああ。



「今日の代わりとなるはずの、明日のデートのこと?」

「そう。」



つまらなそうな彼の言葉に、私の胸には小さな罪悪感が沸いてきた。



「ごめんなさいミストレ君。来週の土曜日を、私のために空けてくださいますか?」



風邪を引いたのは、間違いなく私の事故管理能力が甘かったせいだ。事の非は私にある。



「…約束だからね?」



そう言って、ミストレは私の頬を軽くつついた。






*






街の明かりは灯っていても、冬の夜空は真っ暗だった。


歩き慣れた帰り道を、私はミストレと一緒に歩いていた。


普段と違うのは、ミストレが私の手を握っていることだ。



「顔赤いけど、大丈夫?」

「外に出たからだよ、これくらい平気なのに。」



繋いでいない方の手で、ミストレは私の頬に触れた。

ひやりとした指先が、妙に気持ち良かった。



…教室で倒れかけたのは、本当に単なる不注意だった。
ちょっとの熱なんかで弱ってられない、私だって伊達に士官学生をやっているわけではないのだから。


それを分かっていながら、ミストレがこんなにも気遣ってくれるのは、きっと彼が女の子の扱いに慣れているからなのだろう。



そんなことを考えながら、私は怠い身体を動かしていた。



「女の子ってさぁ、弱ると惚れやすくなるってホント?」

「…え、何で今それオレに聞いちゃうの?」



ミストレは立ち止まって私の顔を見た。



「ひょっとして自覚アリ?」



少しの間を置いて、喜びと驚きフィフティーフィフティーな顔でそう言ったミストレに対し、私はジットリとした視線を返した。



「そんなわけあるか。」



悪いが、私は自分の状態から世の中の恋愛一般論を連想しただけであって、決して"なんか、いつもより優しい?…ちょっとカッコいい、ような……((ドキドキ"なんてことは無い。







*






やがて私達は私の家に着いた。


ミストレの手から放れ、私はドアに手をかけて彼を振り向いたのだが。



「ありがとうミスト、レ……?」



ミストレは携帯を持ちながら笑顔を浮かべ、その携帯からは小指程度の小さな立体画像が浮き出ている。



キラキラと華やかに揺れ動くそれは、



「……旗?」



何で旗?


私が回らない頭で考えていると、ミストレは口を開いた。



「じゃあ、明日来るから。ちゃんといい子にして待っててね?」



犬に言い聞かせるかのように私の頭を撫でると、ミストレは携帯を閉じ、来た道を引き返して行った。



「……はっ!?」



旗……フラグかっ!!






ぱき……ポンっ!!

またねデートフラグ、
こんにちはお見舞いフラグ。


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