「痛たた…。」

「何やってんのよフラン、たかが体育で身体痛めるなんて!」

「たかが体育?肉弾戦の実習訓練だよ?これを体育と呼んじゃうの!?」



私の悲痛な叫びは、彼女には届かなかった。


背中を先に床に着けた方が負けという簡易なものだったのだが、私は上手く受け身がとれずに腰打つわ足は捻るわでもう、成績が心配でならない。

自分の番が終わった私は、足首を冷やすために水道でタオルを濡らしていた。



「フラン、ここは王牙学園、これは君の運命なんだ。」



何度も自分に言い聞かせた。



「何一人でぶつぶつ言ってるの?」

「…ミストレ。」



今授業の対戦相手のクラスは、ミストレのクラスだった。
こいつが闘技用ステージに上がった時の黄色い歓声といったらホント、人気アイドルのライブかと思った。



「別に、自分の弱さを嘆いてたの。」

「へぇ、つまりは負けちゃったわけだ。お気の毒にね。」

「馬鹿にするくらいなんだから、ミストレは当然勝ったんでしょうね。」

「勿論。秒殺だったよ。てゆうかフラン、見てたでしょ?」

「……。」



ああ見てたよ、見てましたとも。



「あの歓声の中、お前が私に小さく手を振った瞬間私死んだと思ったよ。」

「ときめいて?」

「馬鹿言わないで。」



友達は私をひやかしたけど、私は心中穏やかじゃなかった。

今度こそミストレの親衛隊に殺されるんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだから!
そしてその結果がこれだよ、軽傷負っちゃったよ私。
相手の子本気で怖ったんだから!!



「痛、」



水で冷やしたタオルをあてる為に、ブーツに手をかける。
王牙の制服ってどうしてこんな固いブーツ型の軍靴採用しちゃうかな?脱ぎにくくて苛々しちゃうよ。



「フラン、足。貸してごらん?」

「ん。」



ブーツが脱げないことに苦戦する私を見て、ミストレが私のブーツを脱がしてくれた。

ミストレは手袋を濡らさないように外してポケットにしまうと、私からタオルを受け取り、痛む私の足首にあてた。



「……。」



え、何この光景、すごくカオス。

はた目から見たらすごく怪しいじゃないのよ。



「ミストレ、もう大丈夫だから!!」

「何言ってんの、保健室行くんでしょ?」



ミストレはさりげなく脱がせたブーツを自身の後ろに移動させると、上目遣いで首を傾げた。



「行くけど、ミストレはついて来なくていいよ。だからブーツ返して?」

「どうして?オレ、こんなに心配してるのに。」

「してないでしょ。」

「してる。ねえ、本気で君のこと大切だと思ってる。だから、いいでしょ?」



そんな切ない顔されてもなあ…。



「駄目だよミストレ。」



だって……。



「私ザゴメル君待ってるんで。」

「は?」



ミストレの切なげだった表情が一気に変わる。


ああ、やっぱり演技だったのね。



「いや、だからあと2・3分したら多分ザゴメル君の番終わると思うから、それ待ってるの。ザゴメル君に保健室連れてってもらうから、ミストレは来なくていい。」

「君はオレよりもザゴメルをとるの?」

「うん。だってザゴメル君の肩安定して、うわぁ!?」

「大人しくしてないと床に叩き落とすから。」



これはいわゆるお姫様抱っこですね、はい。
叩き落とすって…これは大人しくしてないと。



「あ、ちょっと待って!」

「何?」

「ブーツ、拾って。」



私がそう言うと、ミストレはため息をついて床に転がる靴を拾い上げた。



「…はい。」

「うん、ありがとう。」







授業中の静かな廊下に、カツカツと軍靴の音が鳴り響く。


なんか、会話が無いって気まずい。



「小腹空いたなぁ…イチゴメロンパン食べたい。今日金曜日だけど。」

「フラン、君やけに心音が静かだなって思ったらそんなこと考えてたの?」

「他に何を考えろと?」

「ミストレってやっぱりカッコいいなぁ、とか。」

「…へぇ。」

「馬鹿にしてるよね?」



ミストレは急に足を止めると、私の顔をまじまじと見た。



「な、何?大人しくしてたよ!?」

「大丈夫、放したりしないよ…というか、放してあげないから。」

「はい?」



ミストレが顔を近付ける。


表情がいつに無く真剣で少し怖い。



「フランって、キスとかしたことなさそうだよね。」

「なっ!?…ほ、ほっぺちぅの経験さえないよ、悪かったな!!」

「へぇ。…じゃあ、してあげるよ。」

「結構です!」



何を言っているんだこの男!



「なんでそんな急にっ!」

「フランが可愛いから。」



嘘だ、絶対嘘だ!

そんなんでこいつと"認めたくないけど、ミストレのこと好きなのかもしんない…"なんて展開には絶対なりたくない!!



「好きだよ、フラン。」



こうなれば。



「……。」

「…ちょっと、フラン。それどけて。」

「やだ。」



持っていたブーツで顔を隠す。

ミストレは両腕がふさがってるからブーツを奪うことが出来ないし、プライドの高いミストレーネ・カルスが私なんかの靴にキスするはずがない。

こいつはむしろ、靴舐めさせる側だろ。



「チッ……まあいいや。」

「?」



ミストレが再び歩きだしたことに安心したのも束の間。



「フラン、今オレ達がどこに向かってるのか、分かるよね?」



…ラブイベントの宝庫、保健室ですね。



「下ろして!」

「放してあげないって言ったでしょ。」


まずい、保健室フラグだ。

やだよやだよ、私の馬鹿!!


だからザゴメル君待ってればよかったのにっ!!






*






「あら、ミストレ君に…ミョウジさん。どうかしたの?」



保健の先生の質問に、ミストレはとびっきりの愛想笑いを浮かべた。
てか先生、"カルス君"じゃなくて"ミストレ君"なんだね。



「ミョウジさんが足をひねってしまったみたいで…。」

「そう、分かったわ。ミョウジさん、そこに座って頂戴。」



ミストレの唇がひくついてる。

あ、今微妙に舌打ち聞こえた。



「ミストレ君は授業に戻って構わないわよ?」

「いえ、でも…」

「私は全然平気です!!ミストレ、早く授業に戻らないとファンの女の子が泣いちゃうよ!!」

「そう…分かったよ。」



勝った。


やったよ、保健室ラブイベントフラグへし折ってやった。

そもそもよく考えれば保健室に先生がいないってこと自体珍しいだろうが!



扉を閉める間際に、ミストレは何とも言えない笑顔を浮かべた。


そして私に向かって一言。



「それじゃあフラン、またね。」



目が、一切笑ってなかった。



「ミョウジさん顔色が悪いわよ、具合でも悪いの?」

「あ、の……お腹が痛い、です…。」



だから一時間ほどかくまって下さい。







保健室フラグ

そう上手くいくと思うな


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