*
「…最悪だ。」
ポケットに感じる違和感に、俺は肩を落とした。
「エスカバー昼飯行かねーの?」
「悪い、先行っててくれ!携帯忘れた。」
「何やってんだよ。」
「しゃーね、先行ってんぞ!?」
「おー。」
そう、つまりは四項時目に使用した移動教室先に、携帯を忘れて来てしまったのだ。
しかもこの教室からは結構な距離があるから、落胆の度合いもデカい。
淡々と歩を進めていると、ミストレが1人でいるのが目に入った。
「飯も食わねーで何やってんだよ。」
「?、ああエスカバ。」
数日前にフランを見つけたあの廊下から、ミストレは同じようにホールを見下ろしていた。
唯一違うのは、ミストレの機嫌がいいということだけだ。
「フランは?」
教室に戻るなり、フランは二人分の弁当を持って駆け出した。行き先は間違いなくミストレの所だと思ってたんだが…。
「彼女なら、ほら。」
ミストレはホールを指差した。その先を追って下を覗けば、自販機の前でフランが何やら眉をひそめていた。
「…何やってんだあいつ。」
「喉乾いたなぁって、お使い頼んだんだ。」
「それって、つまりは…。」
「パシっちゃった。」
てへ☆とでも言いそうだったが、ミストレは意味深に口を吊り上げていた。
「おま、パシってどーすんだよ。惚れさせるだの何だの言っなかったか?」
「勿論だよ。だからこそ、オレは初日から餌を撒いてた。」
「餌?」
「そろそろ食い付く頃かなーって。だからこうして、"彼女達"にチャンスを作ってあげたんだ。」
ミストレがそう言い終わるのと同時、下にいるフランに、何人かの女子生徒が近寄って来た。
「あいつらって…」
「オレのクラスの子だよ。」
ミストレは嬉々とした様子で、フランを見ていた。
「やっぱりフランは簡単には落ちてくれなくてさ。でも、人間の恋愛感情って、危機的状況の中では急成長するものなんだ。だから、その"危機的状況"とやらを作ってみることにした。」
「はぁ?」
「下準備として、オレとフランが付き合ってるっていう噂を流しておく。そしてわざと、オレの親衛隊の過激派な女の子達にその事実を見せ付ける。」
そろそろ食い付く頃って、つまりそーゆーことかよっ!!
「そんで、フランがボロボロになる直前で助けてあげるんだ。どう?これで彼女もオレを意識し始めるよ。」
「お前、最低だな。」
オレが睨んでも、ミストレは笑うだけだった。
「負けず嫌いなだけだよ。」
フランがどっかに連れて行かれる前にと、足に力を入れたところ。
「おっと、邪魔はしないでよね?」
「なっ!?」
ミストレに手首を捕まれ、カチャンという金属音が耳に届いた。
「なにも君が心配する必要なんかないよ。最後にはちゃんと助けてあげるんだからね。」
「あ"ぁ!?ちょ、おま、何してんだよ!!!?」
俺の手はミストレにより、一瞬にして手錠で廊下の手摺りと繋がれてしまっていた。
奴の指先では、銀色の鍵がくるくると回っている。
…いやわけわかんねーよ、どーしろっつーんだよコレ。つーかこいつ普段からこんな物持ち歩いちゃってるわけ?何かいろんな意味で危なくねーか?
「ちなみにさっき、フランの携帯をちょっと弄らせてもらったんだ。だからほら、音。聞こえるでしょ?」
ミストレは自分の携帯を俺に向けた。
どうやらフランの携帯は通話状態にあるらしく、ミストレの携帯からはフランの声が聞こえてきた。
「さて、どうなるか楽しみだね。」
*
「フラン・ミョウジさんよね?」
「そ、その通りですけど何か…?」
現在進行形…私はミストレにパシられ、自販機の前で"しまった何買えばいいのか聞くの忘れちゃったよ!"と悩んでいるところで、3人の怖い女の子に睨まれています。
「アンタ、ミストレ君と付き合ってるってマジなの?」
「えぇっとぉ……。」
どう答えればいいのコレ?
付き合ってるとも言えるし付き合ってないとも言えるよ。
「はぐらかしてんじゃないわよ!!」
「えぇ?…。」
いや、そんなつもりはっ!!
「沈黙は肯定ととるわよ。」
あららぁ…。
パシンッ!!
「っ!?」
ひら、平手打ち!?
不意討ちだ!不意を突かれた!!
「…何するんですか。」
「フン、いーじゃないの!アンタなんかが傷付いたって、誰も構いやしないんだから。」
いや、いくらなんでもお母さん位気にしてくれるよ。
というか、ちょっとさっきから注目の的になりつつある、早くどっか行きたい。
「あたし達、ちょっとアンタに用があるの。一緒に来てくれる?」
どうせ拒否権なんて無いんでしょ、はいはい…。
しかし逃げたい。
「は、ちょっ!?」
腕を引かれ、どっかに拉致られそうになる私。
しかし、私の腕を掴んでいるおっかない女の子の腕を、誰が掴んで静止した。
*
「……?」
「どうしたんだよ?」
「何アレ。」
携帯片手に、ミストレはその深緑の眉を歪ませていた。
手錠を外そうと奮闘していた俺だが、ミストレの様子が変わったのに気付き、ホールのフランを見た。
フランは一人の女に腕を掴まれていたが、それを阻止せんと、違う女子生徒がその女の手首を掴んでいた。
あいつ、確か同じクラスの女子だよな?
けどフランと一緒にいるのなんざ滅多に見ねぇぞ??
『この子が傷付いても誰も構わない?何言ってんのアンタ。』
『は、放しなさいよ!』
携帯越しに聞こえる声に、俺は聴覚を集中させていた。
『学園のアイドルのミーハー女が嫉妬してこーゆーことしようとするなんて、典型的悪役すぎて笑えるよ。ちょっと古くなあい?』
フランに絡んでた女が怯んでる。
しかもフランの後ろから、今後はフランと普段から仲の良い女子生徒が顔を出した。
『大体、彼女潰すよりだったら、自分がもっといい女になればいいじゃない。とりあえず香水キツ過ぎ!あんたらちゃんと王牙の生徒だって自覚持ってる?』
『なによっ!!』
なんか、女ってすげえんだな。
『はっ、そんなんじゃアンタの成績もたかが知れてるね。そんなんで自分があのミストレーネ・カルスに吊り合うとでも?』
フランは突然のことに目を丸くしていた。
口で負けた女子生徒は、悔しそうに顔を歪めてその場を去って行った。
「……ミストレ?」
ミストレはさっきと一変、明らかに機嫌が悪かった。
「へー、意外。フランって結構人望あったんだね。」
「人望ってか…。」
「別に彼女を助けた女の子を恨んでるわけじゃないんだけどさぁ……。」
ミストレは何だかつまらなそうな顔をしていた。
いや、つまらなそうっつか、いじけてる?
……違うな。
「なんか、ムカつくなあ。」
開きっぱなしの携帯からは、『ありがとう、でも、ぁ、の、ごめん。私も成績そんなによくないんだけどなぁ?はは、は…。』と遠慮がちに言うフランの声が聞こえた。
ミストレは携帯を切ると、少しの間を置いて短いため息をついた。
「ねーエスカバ、どうすればいいと思う?」
「知るかよ。」
ホント、
おもしろくない
とりあえずコレ(手錠)外せよ
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