素直になれない王子様

「は…?どうしたの。」


わがまま自己中心王子ベルフェゴール先輩にすら心配されてしまった。さっきまで遠くにいたからわからなかったようだが、近くに立って仕事の報告をする必要があった。


「あー、いや、えっと、」


彼の驚きの理由は言わずもがな。私のパンパンに腫れた両方の目。ベルフェゴール先輩は座ったままで私の顔を覗き込んで、いつものニヤニヤ笑いをひっこめた。


長く付き合っていた彼氏にフラれたのだ。相手は一般人で、行きつけのバーで知り合った。当然私が暗殺部隊に所属してるだなんて知らないから、「なんか隠し事してるでしょ」と言われた時になにもいえなくて、私の恋愛は終わったわけだ。


だなんて上司に長々と説明するわけにもいかないので、笑ってごまかしてみると、彼は不満そうな表情を浮かべる。


「フラれたんだろ?」


「バレちゃいましたか。」


まあ女がこんな泣きはらしていたら思いつく理由なんてそれくらいだろう。人の気持ちがわからないベルフェゴール先輩でもさすがにそれくらいは。だけどこの話を続けられるのも面倒なので仕事の話を始めるものの納得いかないらしく、遮られた。


「なんであんな男にフラれて泣いてるわけ?」


あんな男だなんて一体この人はいつ私の恋人ーーー元恋人を見たというのか。私にとってはとても素敵な恋人であったわけだし。


「あー、なんていうか、一応結婚とかも視野に入れてたし、昔みたいなドキドキはなくても好きでしたし。」


彼のことを思い出せば私の目にまたじわじわと涙が溜まって、それと比例するようにベルフェゴール先輩の口元がへの字に曲がる。


「暗殺部隊ってバレた?」


「彼は知りませんよ、ヴァリアーのことは。」


「知ってる。」


当事者でもないのに、かなり強気にちぐはぐな断言された。不思議に思って彼を見る。


「だから、お前の彼氏は知ってんの。お前が暗殺部隊に属してるって。俺がバラしたから。」


冗談にしては、笑えない。

前髪で見えないけど、おそらく彼は私をしっかり見ている。もしかして、本当なのかもしれないと思ってしまう。


「…なんでですか?」


「名前とあいつがさっさと別れればいいと思ったから。マフィアが一般人と恋愛なんてばかばかしいじゃん。」


彼が立ち上がると、私の身長を簡単に超えた。ベルフェゴール先輩の細い指で顎を持ち上げられる。いつの間にか彼の口元にはニヤニヤ笑いが戻っている。さらにはしししっ、と独特の笑い声をあげた。


「寂しいなら王子が付き合ってあげよっか?」


上司とは言え、最悪だ。
私の意見も聞かずに行動して、軽いお遊びに付き合わせようとしてくる。こんなの軽視されているとしか思えないさっきまで落ち込んでいたはずなのに、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。


「誰でもいいわけじゃないので。」


「誰でもよくないならなおさら王子なんてうってつけじゃね?」


「いい加減にしてください。」


空気の読めないこの人にも、怒っているのが伝わるように、言葉に怒気を孕ませる。この人のお遊びに私の人生を巻き込まないでほしい。ついでに顎に添えられた手もはらいのけてやる。


もうこの際この人への報告は後回しにしよう。さっさと書類を片付けよう。そう思い立って机に背を向ければ、バン、と盛大に机を叩く音がした。振り向くと、トレードマークのかみのけをぐしゃぐしゃにかき乱しているところを見ると、むしゃくしゃしてるらしい。


「あー!もう!本当お前って意味わかんねえ!王子がここまで言ってるんだから頷けよ、可愛くねえ!」


…謎の逆ギレ。


「俺は名前が好きなの!わかる?だからお前の男と別れさせたかったわけ!」


髪の毛を触ったせいで、彼の顔が丸見えだ。いつも隠れている目と、真っ赤な顔が全てを物語っている。どうやら、彼のお遊びじゃないみたい。


私の方も、昨日フラれたばかりだというのに不覚にも顔が熱い。しかも紡ぐべき言葉が見当たらない。


「…先輩、そういうの、付き合ってやるよって言わないんですよ」


なんとか出てきた文がこれ。なんとも生意気で、上から目線だ。でも今の彼の言葉と今の態度は全く一致しない。そんな私を、彼は真っ赤なままで私を睨む。


しばらくお互いに身動きを取れないで過ごす。彼は何度か口をパクパク動かして、なにか言おうとしているみたいだけど。


「あー…だから、俺と………………」


それからまた何回か口をパクパクさせる。息を吸うと、彼は意を決したように私を見据える。


「俺と、付き合ってください。」


上司のはずなのに、まだ年若い少年を見ているみたいだ。むずがゆくて、思わず笑ってしまった。その途端、私の頬の真横を鋭利なものが過ぎ去った。ヒュン、という音をきいて、それがなんだか気がつくのに時間はかからなかった。



「王子にここまで言わせて、断るわけねえよな?」


彼を見れば、まだ顔が真っ赤なくせに、手にはたくさんのナイフを掲げている。…いつの間に。どうやら笑ったことで彼のプライドを傷つけたみたいだ。


少しからかってしまったけど、私はまだベルフェゴール先輩のことを許したわけじゃない。付き合う気はないと伝えるべきだけど、でも彼は腐っても上司だし、傷つけまいと答えを探していたら、今度は一本じゃなくて大量のナイフが飛んでくる。


「頷かねえと、次はまじで刺す。」


ヒュン、とナイフが飛んできて、私の頭上を通る。私だって腐っても暗殺部隊ヴァリアーの隊員、それを避けるためにかくんと首を下げる。


「はい今頷いた〜。お前、今日からオヒメサマ決定ね。」


…やられた!わざと私が見えるくらいの速さで投げたに違いない。


「お前の元カレなんて、3日で忘れさせてやるよ。」


ニヤリ、笑った彼に私は顔を引きつらせるしかなかった。さあ、ただいまより、望んでもいないオヒメサマ生活のはじまりです。



(3日は無理ですよ)
(は?キスでもすりゃ3秒だろ)
(なにいってるんd...んっ?!///)
(ししっ、真っ赤だし。王子に惚れたっしょ?)
(…はあ?!?!///)
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