視線の行方

ウィリアム・アーサー・ウィーズリー、通称ビル。彼はグリフィンドールが誇る首席で監督生で、おまけにハンサムボーイ。特徴的な赤毛を抜きにしても目立つし、男の子には人気で、女の子にもモテモテ。


私は、そんな彼に恋をしている。
何の取り柄もなくて、普通で、生徒Aでしかない私が。


話したことなんてない。いわゆる一目惚れというやつで、いつも彼を視線で追ってしまう。こんな生活も今年で7年目。


「たまたまぶつかって恋に落ちるとかないかな?」


「また妄想?」


友人は私に対して呆れたように言う。私が彼を追いかけ始めて7年目なのだから、友人もこの話を聞かされるのは7年目というわけだ。この反応も当然といえば当然なのだ。


「いいかげん声かけたら?もうすぐ私たち卒業なんだよ。」


「でも声かけたところでなにもはじまらなーーー」


私の言い訳は衝撃によって奪われた。理由は、曲がり角で何者かにぶつかって盛大に尻もちをついたから、ではない。私がぶつかったのは、たったいま話題にしていたビル・ウィーズリーだったからだ。


「あ、」


先に声を出したのは私ではなかった。というか、私はなにも言わず、おまけになにも聞かずにその場からただ逃げ去った。みんなに紛れて彼に視線を送るだけで満足なんだ。ただたまに目があって、ドキドキできるだけで。喋るなんて滅相もない。


***


冷静になって気が付いた。私、とんでもなく失礼なことをしたのではないだろうか。ぶつかったのに謝罪の一言もなしにいなくなるなんて、とんでもない!


夕食を食べながら、彼を盗み見る日課も今はできっこない。もし仮に目があってしまって「うわ、謝りもしない女だ」って思われるなんて辛すぎる。


「そんなに気になるなら謝りに行ったら?」


夕食も喉が通らないほどネガティブが加速する私に友人が呆れ声で言う。


「謝られて嫌な気分にはならないって」


と、付け加えて。


確かにそうだ。彼が私の顔を覚えていなくとも、説明すればぶつかったことは思い出してくれるはず。それに長年私が見てきた彼は、謝罪する人をないがしろになんてしない。


よし、彼に謝りに行こう。お昼はすみませんでした、って言えばいいだけなのだ。


大広間でいつも彼が座ってるあたりは把握していないわけがない。いつも見ているんだから。ドキドキと音を立てる心臓をお供に連れて、歩く。誰も私を見てなんかいないのにみんなが私を見ているんじゃないかと錯覚してしまう。


「あの、」


勢いよく言ったつもりだったのに、私の声は掠れていた。にもかかわらずウィーズリー君は私に気付いてくれて、こちらを振り返った。だけどさきほど決めたはずの言葉がうまく出てこない。


「えっと、あの、お昼すみませんでした!あ、私、ぶつかったものです!」


いつも目が合えばいいのにと願っているくせに、こんなに近くで見られるのは緊張してしまう。なるべく目が合わないように目をそらしていたものの、彼が噴き出したことが音でわかった。


何かと思って彼を見る。クスクスと笑ったまま「知ってるよ」と目を合わせてくれた。


「おしり痛くなかった?」


いろんな意味で沸騰しそう。

憧れのウィーズリー君と話していることもだし、彼にしりもちをついたところを思い出されてしまっていることも。とにかくおかしくなりそうだ。


「あ、もう、全然大丈夫です!本当すみませんでした!それじゃあ私はこれで!」


たった数秒。でもだめ、耐えられない。私には刺激が強すぎるから消えよう。とっくにキャパシティオーバーだ。


「それだけ?」


くるりと返した踵は、この一言によって止められた。どういう意味だろう、それだけって、他になんかしたっけ。ぐるぐるとうまく機能していない頭を必死に働かせてみても思い当たる節はない。


「いつも熱い視線を感じてると思ってたんだけど、それは僕の気のせい?」


彼の声に、バッ、とローブが音を立てるぐらいの勢いで振り向いてしまった。ウィーズリー君は挑発的な目をしていて、彼は座っているのに見下ろされているような気分。


どうしよう、バレてた。


沸騰しそうだったさっきとは打って変わって、背中に大量の冷や汗が流れている。


「あ…ごめんなさい、」


迷惑だったに違いない。そりゃそうだ、知らない人に見られてたら気持ち悪いもん。もう泣きそう。たぶん涙目。ウィーズリー君は私をフォローするためなのか、ちがうちがう、と言ってくれている。


「そうじゃないんだ、ごめん。そうじゃなくてね。ちょっといじめたくなっちゃって。」


…彼は こんな人だったっけ?こんな楽しそうに意地悪に笑うのは初めて見た。どうしたらいいか分からないし、いじめたくなっちゃうなんて言ってる意味がわからない。


ウィーズリー君が立ち上がって、私に一歩近づく。今度は気持ちの問題じゃなくて実際に見下ろされて、彼を見上げる形になる。


「僕も、君を見てたから。」


…私を見ていた?ウィーズリー君が?そんなわけはない。目がたまに合うのだって私が見つめすぎているからだ。というか、彼が私を見る理由なんてないはずだ。


「なんで…?」


「好きだからだよ。」


即座に返答があった。やっぱり、キャパシティオーバー。許容量を超えすぎてもはやドキドキもしない。もしかしたらからかわれているんだろうかと疑ってしまう。そういうのは、舞い上がる前に確認しなければ。


「話したこともないのに?」


「君こそ。」


「だってウィーズリー君は目立つもの。」


「僕だってあんなに見つめられたら気になるさ。」


信じられないから真意を掴みたくて、じっと彼を見てしまう。視線がかち合うと、みるみる彼は耳まで髪の毛と同じくらい真っ赤に染まってしまった。それからふい、と目をそらす。


「…ごめん、ちょっと見ないで。」


顔をローブで隠す姿を見て、疑っていたはずなのに、またドキドキがぶり返してきた。真っ赤な彼につられて体温が上がってくる。こんなウィーズリー君は初めてだし、どうしたらいいか分からない。


「いつも遠くにいたから、近くに来るとどう接したらいいのか分からない。」


こんなことまで言われたら、彼が私を好きだというのは本当なのかもしれない。なんだかにやけが止まらない。もしかしたらいつもの妄想の続きなのかも、とすら思ってしまう。


「...もう一回、好きって聞きたいかも。」


別に言うつもりはなかったのにぽつりとこぼれた本音に、ウィーズリー君は困ったように眉を下げる。


「君は案外わがままだね。」


この短時間で分かったが、彼は、想像よりも意地悪で、かわいくて、正直者だ。


「次は、お互いをもっと知ってからにしたいな。」


だけどやっぱり真面目で、紳士的な人。

ウィーズリー君は、もうすっかり顔の赤みがひいている。監督生の彼は私と違って、自分の心のコントロールもうまいのかもしれない。


「あのさ、お付き合い前提で、友人になってくれないかい?」


真面目に問う彼への答えは決まっている。にやけ顔で大きく頷けば、彼は「うん、やっぱり好き」なんて言って私の頭に手を置いた。


再び訪れた不意打ちの好きに驚いて固まる。


「聞きたかったんだよね?」


私の頭をぐしゃぐしゃと乱す彼はもう完全な私の心の支配者だ。こんなに乱されてしまうなら、もう少し見つめているだけでも良かったかもしれない。それに、こんな下心満載じゃ、友人なんて称号すぐに取り上げられるに違いない。



…明日からは、恥ずかしくて視線を送れそうにもないや。

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