たとえ世界中のすべての人間が、

「『たとえ君が世界中のすべての人間を敵にまわしても、僕は君の味方だよ。』」


深夜の談話室。私が声に出して恋愛小説の一文を読み上げると、リドルは怪訝そうな顔で私を見た。


「なにその胡散臭いセリフ。」


この男は、つくづく夢も希望もトキメキもきらめきもないつまらないやつだ。彼女が2人きりの空間でこんなセリフを読み上げたんだから、少しはムード作りをしてほしいものだ。


「もっとロマンチックなこと言ってよ。リドルって本当つまんないよね。」


むしゃむしゃと百味ビーンズを貪っている私も私だけれど。(しかも鼻くそ味だったからこっそりティッシュに吐き出した)



「例えば?」


「例えば、その通りだね、僕は命に代えても君を守るよ、とか。」


この世でもっともリドルが言いそうにないセリフだ。もしそんなことを言い始めたら真っ先にダンブルドアに相談しに行く。天上天下唯我独尊、それがこの人の人生のテーマだと思っている。


「…君絶対失礼なこと考えてるでしょ。大体、この僕が読書の手を止めてこうして君の話を聞いてるだけでもありがたく思いなよ。」


ほら、やっぱり自分が一番偉い。どうしてこんなに思い上がった捻くれ男が優等生として謙虚に生きられるのか不思議でならない。化けの皮を剥いで全校生の前に晒しあげたい。


「でもリドルも私とお話したいでしょ?だからわざわざこんな夜遅くに談話室に出てきてるくせに。」


スリザリンらしく、口の端を釣り上げて視線だけ送ってみる。リドルは黙り込んで、読んでいた本に視線を戻した。


図星に違いない。


食えない男、とはじめは思っていたけど、案外わかりやすいのだ。照れたら黙るし、皮肉は愛情の裏返し。


もう少し話そうよ、とすり寄れば、リドルはため息をついて本を閉じた。


「で?世界中が君の敵になるんだっけ?」


本当は話題なんてこんな陳腐なセリフについてじゃなくたって良いけれど、リドルがこれを話題にするつもりならそうしよう。一度頷けば彼は鼻で笑う。


「君みたいなすっからかんがどうやって世界を敵に回すの?作戦は?」


「嘘でしょ、そこから考えるの?」


めんどくさいなあ、とぼやきながらも必死に考える。確かに、私ごときにできることなんてたかが限られている。連続殺人犯になんかなれっこないし、グリンゴッツを襲撃しても守りがかたすぎてメリットがない。


あ、でも。


「リドルについていけば世界中を敵にまわせそう。」


ほんの冗談で、軽い気持ちで言ったのに、リドルの瞳が揺れるのを見てしまった。グッと不安を煽られて、あわてて「なんてね」と付け加えた。たまにこういうことがあるのだ。彼には隠し事があるし、私はそこから目をそらしている。


私の無理矢理つくった笑顔を見て、リドルはふっ、と息を漏らした。



「いや、君に誓っておこう。僕は、いずれ世界中を敵にまわす。必ずね。」



正気か、この男は。世界はこんなにも広いのに、世界を敵にまわすと高らかに宣言した。バカバカしい、と笑い飛ばせないのは、リドルの顔が妙に真剣で、この人ならやってのけそうだと思ってしまうから。こんなことを平気で言うんだから、ある意味とんでもないロマンチストだ。


「それでも僕についてくる?」


試されているのか、はたまたただの世間話か。ふんぞり返って座るこの王様にはなんと返すのが正解なんだろうか。返答に迷って、視線を彷徨わせていたら、開きっぱなしの小説が目に入る。そうだ、こういう時に使うんだ、このセリフは。


「『たとえ君が世界中のすべての人間を敵にまわしても、僕は君の味方だよ。』」


質問に対する答えとしては、もちろん不正解。イエスかノーで答えるべき問いだった。彼が秘めている闇に近づく勇気はなくて、ついつい逃げてしまった。彼は笑っても、怒ってもいない、ノーリアクション。


「確かにそれはロマンチックなセリフだ。でも、君にはもっとロマンチックなセリフをあげる。」


リドルは考え込みながら、私の百味ビーンズのボックスを漁る。その中から、真っ赤な色をした一つを探し当てた。同時に、そうだこれにしよう、と呟く。



「たとえサラが恐れをなして世界中を味方につけたとしても、僕は絶対に君を取り戻す。…そいつらを殺してでもね。」



なかなか真剣な顔で言うものだから、笑ってしまった。


つまりは、こういうことだ。


リドルの敵になろうが味方になろうが、私は彼と共に生きるらしい。私もリドルも、大概ロマンチストみたいだ。




(ねえそれ何味だった?)
(…ミミズ)
(なにそれかっこわるい)
(やっぱり君から殺しておこうか)


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