かわいいひと



リドル先輩はなかなか私を褒めてくれない。


フクロウでいい成績をとっても「ふーん」、クィディッチの選手に選ばれても「ふーん」、嫌いな野菜を食べても「ふーん」。


私が失敗したときはコテンパンに貶すくせに、ひどい話だ。


しかし今日こそはリドル先輩に褒めたほしいのだ。髪型もいつもより気合を入れて、お化粧も頑張った。新しくいつもより少し紅めのグロスをつけた。


私の努力はほかでもない、彼のためなのだから、少しくらい褒めてほしい。


だけど普通に生活していてリドル先輩が褒めてくれるはずもないので、自分から積極的に行かなければ!


私の横で読書をするリドル先輩に「あの、」と声をかけると思い切り怪訝な顔をされた。だけど、怯んではいけない。これを彼の愛情表現だと捉えるのだ。リドル先輩の恋人なのだから、それくらいのポジティブさは重要だ。


「今日の私、かわいくないですか?」


こてん、と首を倒す私の中で精一杯のかわいい動作をしてみる。しかし、案の定彼は難攻不落。そんな簡単にかわいいなんて言ってくれるはずもなく「は?」と本日二度目の怪訝な表情。


「髪型とか、お化粧とか、いつもと違うんですよ!可愛くなりましたよね?」


自分でも鬱陶しい自覚はある。
でも今日こそは言わせるぞ、と朝から気合を入れてきたのだ。彼氏がかわいいと言ってくれないことを悩むなんて人生の時間の無駄遣いだ。


ふい、と視線を逸らして読書に戻った彼のローブの裾を引く。


「なに?読書の邪魔なんだけど。」


「一言かわいいって言ってくれるだけでいいんですよ?」


これは彼氏にかわいいと言ってもらう方法としておかしいことは分かっている。だけどリドル先輩は強情だし、私だって同じくらい頑固だから仕方がない。


「なんなんですか〜!リドル先輩は私がかわいくないんですか?一ミリもかわいいと思ってない女とは付き合えないはずです!ということは私のことちょっとくらいかわいいと思ってるんじゃないですか?」


彼に言い負かされないように必死に言葉をつなぐ。すると、リドル先輩がパタンと本を閉じた。こういうのは大抵本格的に私に構ってくれる合図だから、ちょっと嬉しい。


「そうだね、黙ったらかわいいんじゃない?」


ようやくいただけた「かわいい」は、イメージよりだいぶあっさりしているし、なんだか褒められていないような気がしてならない。
ここでおとなしく引く、というのもありだが、リドル先輩が本を開かないということはもう少しわがままを言っても良いということ。


「もっと素直になってください、先輩!どこがかわいいとか具体的に!アブラクサス先輩なんてかわいいってすぐ言ってくれますよ。」


わがままと言うのは度がすぎると当然相手を怒らせるもので。


アブラクサス先輩の名前を出したのとほぼ同時にネクタイを鷲掴みにされた。絞められる、そう思った時には既に遅し。


思い切りネクタイを引っ張られて「ぐえ、」と変な声が出た。だけどそんな声に羞恥を感じる隙さえ与えられないまま、口付けられた。


思わぬ展開に、頭がついていかない。
だけど顔が熱いことだけは間違いないと分かる。


ふっ、と鼻で笑ったリドル先輩をただ見ていたら、今度は顎を支えられて、優しくしっとりと唇がくっついた。私はなす術もなく、ただ恥ずかしさに耐えて彼のローブを少し掴んだ。


唇が離れて、目を開けたら満足そうなリドル先輩がそこにいた。


「ほら、君はこうしたら黙るし、そういうときが一番かわいい。」



「な、」


なんなんだ、一体。


私が知ってるリドル先輩はこんなあまあまな台詞を言う人じゃない。予想外すぎて、心臓がバクバクして止まる気配すらない。


「まあつまりは、化粧とかそういうもので変わるものじゃないってことだ。」


嬉しすぎるほどの御言葉。


だけど予想のあまりに上すぎて、返す言葉が見つからない。


「…やっぱりリドル先輩は、褒めずに黙って本でも読んでてください。」


こんなムードもへったくれもないことを返すのが精一杯だった。


リドル先輩は「本当にかわいいね、君は。」とまたトドメの一撃を落として、読書に戻っていったのだった。



教訓:人に褒めるのを強要しないこと。ナチュラルに褒めてもらえるのを待て!


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