ビル先輩!エイプリルフールですよ!

(セクハラシリーズ番外編)


「そういえば今日はエイプリルフールだね。」


ビル先輩はイベントが結構好きなタイプらしい。やれクリスマスだやれイースターだ、仕事場でもなにかと話題にすることが多い。


そんな性分はやはりカフェでデート中の恋人の前でも発揮されるようで、ワクワクとした表情を浮かべて尋ねる彼には反応せざるを得ない。


「なんか嘘ついたりしました?」


かくいう私もイベントごとが嫌いなタイプではないので、彼の話題にのることにはなんの抵抗もない。エイプリルフールとなれば、むしろ楽しいくらいだ。


「僕はまだかな。今日はまだサラにしか会ってないしね。」


「それもそうですね。」


「そもそもエイプリルフールは午前中しか嘘をついちゃいけないわけだから、僕達が嘘をつけるのはお互いしかいないわけだ。」


今日一日僕らはお互いを独占してるからね、となんでもないかのように恥ずかしいセリフ付け加えたのちに一口コーヒーを啜った。


それからにこにこと微笑んで私の顔を覗き込む。こういう時の、嫌な予感というのは当たるのだ。


「サラ、僕に嘘ついてみてよ。」


「…はい?」


やっぱり突拍子も無い。
嘘だとわかりきってるのに嘘をつくことの何が楽しいというのか。「私ビル先輩のことが嫌いです」とかそういう嘘を期待されてるのだろうか。でもそんなのは好きと言ってるようなものなので、言えるはずもない。


「むちゃぶりですよ、そんなの。そもそもそんなにホイホイ嘘が思いつかないですよ。」


しかし私がはぐらかすことすら彼の想定の範囲内だったらしく、「そうだよね」とあっさりした反応だった。


そのまま話が流れていくのかと思ったのに、


「じゃあ僕が嘘ついてあげようか?」


だなんて。しかも突っ込む暇も与えてもらえないで、彼は話し続けた。


「僕がどんな女の子がタイプかなんだけどね。君とは逆で、おとなしい子がいいかな。あとは1人でなんでも出来る独立した女性は素敵だと思うね。妻にするならそういう女性がもってこいだと思わない?それから体型もすらっとしてる子の方が僕好みだ。」


一体何をされているんだろう。
嘘をつく、と言っているということはつまり彼が好きなのは真逆のタイプということになる。お世辞にも私はおとなしいとも、独立してるとも、すらっとしているとも言えない。


それは、つまり。


「何を言ってるんですか、そんな、」


私が反論を試みたところ、彼はすっと私の顔に手を伸ばす。思わずびくりと肩を跳ねさせればビル先輩はクスクスと笑う。


「こういう時も素直に反応されるとつまらないね?女の子はもう少しクールな方がいい。」


からかわれている…またビル先輩にからかわれている!恥ずかしさのせいで、身体中が熱い。そんな私を尻目に彼は時計を確認した。


「おっと、ちょうど正午だね?ネタバラシをする時間だ。」


「いいです!そういうのいいですから!」


「だめだよ、エイプリルフールのルールを守らなきゃ。」


これ以上変なことを言われたらこの場に座っていられなくなる。でも彼は辞める様子がないので、防衛策として両手で自分の耳を塞いで見る。


「僕の好きなタイプはサラそのものなんだよね。喜怒哀楽がはっきりしてて一緒にいると楽しくて、仕事でもよく僕に泣きついてきたり、危なかしくてドジなところも気になるし守ってあげたくなる。それにこまかくは言わないけど、体型もすごく僕好み。」


耳をふさぐことのなんと無意味なことか。全部全部しっかり聞こえてきて耐えられない。


これじゃあ埒があかない。


しかたがないから、奥の手。


自分の耳を守る手を外して、ビル先輩へと手を伸ばす。直接彼の口を塞ぐのだ。しかしとろい私の運動神経はなんでもできちゃう万能な恋人には敵わなくて、腕を掴まれてしまう。


「こうやって真っ赤になったり反抗してみたりするところも本当にかわいいよね。」



ビル先輩は最後のだめ押しみたいに「君が好きでたまらないよ」と言うと掴んでいた私の手を優しく握り変え、ご丁寧に音までそえて指先に唇を落とした。


散々彼に口説かれた私はなすすべもなくその場に硬直するしかない。


「やっぱりエイプリルフールは楽しいね。」


そう言って至極満足そうなビル先輩を睨みつけたのだった。…エイプリルフールなんてくそくらえだ、こんな恥ずかしい思いをさせられて!


来年彼に仕返しをすることを心に決めて、私のエイプリルフールは幕を閉じたのだった。




(来年絶対に仕返ししますからね!)
(来年の約束をしてくれるのは嬉しいね。)
(そういうことじゃなくて…!)
(違うの?)
(違わないですけど…)

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