闇を進むあなたへ

(ブスと蛇番外編 ヴォルデモート卿)


「相変わらずみすぼらしいな、ここは。」


どっかりとわたしの家のリビングに居座った男が言い放った。家主よりもその人が落ち着いているのは一体どういう了見だろうか。


「リドル、頻繁にうち来るけど仕事は平気なわけ?」


「いい加減私のことはヴォルデモート卿と呼べ。」


「はいはい、闇の帝王ヴォルデモート様はマグル殲滅にお忙しくしていらっしゃるんじゃないんですか?」


あからさまに不機嫌な顔をしてみても、皮肉を口にしてみても一切気にも留めず、呼び方を変えるだけで幾分か満足そうな顔をするあたり単純な人。私にとっては彼の名前なんて大きな問題ではないのでどちらでもいいのだけれど。


「今日は12月31日だ。ニューイヤーズ・イブにまで部下に仕事をさせるほど私も鬼ではない。」


「ふーん…死喰い人も案外休暇とかもらってるんだ。」


もっと目的のためなら24時間どこへでも飛んでいく、というスタイルだと思ってたから面食らった。なんかちょっと残念だ。


「サラも私の部下になるか?」


「冗談はそのわけわかんない鼻だけにしてよね。」


「…まさかお前に容姿を批判される日が来るとはな。」


そう、学生時代はあきらかに私の容姿は彼に劣っていた。しかし今はどうだろう。私の方が明らかに人間らしい顔をしていて、目の前の人物の方が醜いと言えるのではないだろうか。


「まあお前がブスだと言うことに変わりはないがな。」


彼は不敵に笑って手招きをした。昔から似合うこの不敵な笑みは、今はより一層様になっていて、全然かっこよくないはずなのにどきりとしてしまう。


従って近寄れば、立ち上がった彼に腰を抱き寄せられる。じっと私の目を見つめてくるものだから落ち着いていられなくて、彼の胸元あたりに視線を持っていく。


「相変わらずだな。キスするときはそのブス顔を見せろと学生時代に何度も言っただろう。」


私の顎を持ち上げて、私の唇にゆっくりと彼の唇を落とした。彼のこの仕草とか、ことばとか、会えない時間を埋めるような優しいキスとか。日刊預言者新聞や、色々なメディアの記者すらも誰も知らないに違いない。


闇の帝王が唇を離すときに惜しむように髪の毛を撫でることも、世間の誰も知らないのだ。


「あのね、嬉しくないかもしれないけど、お誕生日おめでとう。」


キスをされると、いつもより素直になれる時がある。さっきまで憎まれ口を叩いていたのだけれど、この特別な日に彼が来るといいな、と願っていたのは私なのだ。


誕生日を祝われるのが嫌いな彼の顔はなんとなく見れないけれど。


「今、あなたを殺そうと躍起になっている人はいると思う。だけど、私はあなたが生まれてきて本当に良かったと思う。」


だって、私の人生は彼がいなければもっとつまらなかったと思うし、学生時代はそれこそ地獄だったに違いない。


「それからね、これからも生きていて欲しいと思うの。」


死なないで欲しい、そばにいて欲しい。
いつだってすぐに消えてもおかしくなくて、今目の前にいる存在を手放したくなくて、彼の服の裾を握る。


「…本当に、キミは。」


とリドルの声が頭上から聞こえた。


「サラ。」


名前を呼ばれて反射的に顔を上げたら彼は微笑みを浮かべていた。それから何を言うでもなく、また私にキスをする。抱きしめる力は、先ほどよりも少し強い。


甘いような、悲しいような。


なんとも言えないそんなキスにはさすがに目を閉じたけど、今度は彼はなにも言わなかった。


「なんで私がわざわざ12月31日にこんなみすぼらしい家に来ていると思ってる?死喰い人達がそれなりの夕食を用意しているにもかかわらず。」


この続きが、聞きたい。もしかしたら私の期待する続きがあるかもしれない。

質問をされているのは分かるけど、わざと黙って続きを待つ。彼は私が答えないつもりなのを察したようで、観念したみたいにため息をつく。


「…まったく、お前には敵わんな。どうせ誕生日を祝われるならサラが良い。」


うん、嬉しい。まるで、彼にとっては私が一番って言われたみたいだ。


うれしくて、隠しきれない笑みがこぼれてしまう。にやにやしていれば、闇の帝王は子供みたいに拗ねた顔をする。


「もう大人なんだからもっと素直に言えばいいのに。」


「お前こそ大人なんだからさっさと誘惑の一つでもしたらどうだ。」


挑発的な顔をされたら黙っちゃいられない。彼の襟をつかんで引き寄せて、唇が触れないギリギリまで顔を近づける。


「リドル、誕生日おめでとう。」


誕生日サービスでキスをしようと思ったのに、それより先に唇を奪われた。あ、これは誘惑成功。

深く口付けられるかと思ったら、案外あっさりその唇は離れていって。


「ありがとう。」


彼はその強面フェイスに似合わない顔で微笑んで、私の手を握る。自惚れかもしれないけど、闇を進むこの人の、ささやかな幸せになれて良かった。誕生日を祝える存在で良かった。


Happy Birthday Lord Voldemort!!

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