世界でいちばん幸せな日

「ビル、こっちこっち!遅いよー!」


今日は我が彼氏、ビル・ウィーズリーの誕生日である。待ち合わせ場所にやってきた彼はいつもよりちょっとだけオシャレでドキドキしてしまうけど、見惚れている場合ではない。


「はい!プレゼント!」


なんといっても今日は時間が勝負。頑張って考えたプレゼントなんて二の次だ。恋人らしい雰囲気はゼロの状態で、綺麗にラッピングされた袋を押し付ける。


「え?ああ、ありがとう。開けてもいい?」


「だめだめ、開けてる場合じゃないの。その前にこっち!」


じゃじゃん、と目の前に転がったなんの変哲も無いブーツを示すと不思議そうな顔をするから、「ポートキーよ」と教えてやる。


「それじゃあ行き先は君におまかせってことかい?」


今度は楽しそうな表情を見ることができた。うん、私は彼のこんな顔が見たいんだ。

この人はサプライズとかそういうのがなかなか好きらしい、とこの数年間で知った。


「そういうこと。じゃあ、せーの、で触るからね。」


ほらほら、と彼の手をブーツへと導いて、私も同様にブーツのそばに手を置く。「せーの、」と声をあげると彼はそれに触れた。そして私は、寸でのところで自らの手を止める。


ビルの驚く顔が一瞬見えたので、「楽しんできて!」と言ったけど、最後まで聞こえただろうか?


実は彼には隠れ穴に行ってもらった。彼の休日はいつも私が独占してばかりいるし、ビルにとってのいちばんはきっと家族だから、喜んでくれるはず。


さてと、私は家に帰りますか。


行きに、ビルの誕生日プレゼントを落とすわけにはいかないと歩いてきてしまった。案外遠いし、箒でこれば良かったあ。



ちんたら帰りますか。


***


「ただいまー!」


私は成人してもなお実家暮らしで、帰るといつも親から返事がある。だが、今日は様子がなんだかおかしい。リビングの方からきゃっきゃと母のはしゃぐ声がして、私に気がつく様子がない。


かわいい1人娘の帰還をなんだと思ってるんだ、なんて考えながらリビングに顔を覗かせる。


すると、なんとびっくり。頭を抱えた。


さきほどポートキーで実家に戻ったはずのビルがいるじゃないか。


「ああ、おかえり。」


彼は爽やかに笑って、まるでこの家の主みたいに私を迎え入れる。私は、あ、うん、ただいま、なんて住人らしからぬぎこちない挨拶を返した。

同時に、母が「ごゆっくりね」とウインクをして姿を消した。


「…えっと、なんでビルがここに?」


私がせっかく頑張って企画したのに!ポートキーの設置場所とか考えたり、アーサーさんにお願いして魔法省に話つけたりとか!バレないように自然に振舞ったりとか!


文句をたれたいけれど、なんせ彼はバースデーボーイ。いつもみたいに私がわがまま放題してはいけない。


「君こそなんでここにいるの?僕と一緒に来ると思ってたのに。」


ビルが笑っていたと思ったのは勘違いだったみたいで、むしろ、なんとなく怒ってらっしゃる。もう笑顔じゃないし、彼はいつも優しいから、言葉にすこしでも怒気を孕まれるとビビってしまう。


「…でもね、ビルはきっと家族のことがいちばん好きだと思ったの。」


びくびくしながらも言い返す。彼の質問に答えられていないし、彼を怒らせている自覚はある。ビルが大きく吐き出した息の理由は、今の私には呆れられているようにしか見えない。


「ごめん。君は悪くないね。君が僕を喜ばせようとしてくれたのは百も承知さ。ただ、僕の計画が少し狂っちゃったからさ。」


こう告げた彼の表情は柔らかい。もしかしたら、さっきのため息は気持ちを落ち着かせるためにしてくれたのかもしれない。

それから、彼の口からでた意外な言葉。


「計画?」


今日は彼の誕生日で、計画される側でありする側ではないはず。


「そう。計画。」


ビルはそう言っておもむろにコートのポケットを探りはじめる。あったあった、と笑う彼の手の上には小さくて真っ赤な箱。


「プロポーズってやつだよ。本当はもっとロマンチックにやる計画だったんだけど、今渡すよ。君が泣きそうだから。」


箱をあけて片手でリングをつまむ姿は、あまりにもムードがない。だけどのせられやすい私は、すっかり悲しい気分から嬉しい気分に塗り変えられている。


「なにか言い忘れてない?」


せっかくのプロポーズ、結婚してください、の一言が聞きたくなる。


「そんなこと言ったら君だってなにか言い忘れてない?」


「え?私はハイっていう担当だもん。」


私から逆プロポーズなんてしないぞ。
もはやプロポーズを受けたも同然みたいな返答だ。まあそうなんだけど。


「そうじゃなくて。僕今日誕生日なんだけどな。」


「知ってるよ?」


「まだ聞いてないけど?」


彼の核心を突かない意地悪な物言いを受けて1日を振り返る。思えば、言っていない。彼の大切な日だというのに。



「ビル、誕生日おめでとう。」


彼は、私に向かって嬉しそうに笑う。


「ありがとう。じゃあ僕からも。」


あらためて言われると思うとドキドキしてしまう。指輪が嵌められる左手を差し出して、彼の言葉を待つ。


ビルが私の手をとって、こちらを見る。


「サラ、僕の家族になって。」


…ストップ。手を引っ込めよう。


「なんか違う!結婚してくださいって言ってほしいのに!」


「え?だってサラは僕にとってのいちばんは家族だと思ってるんでしょ?それじゃあ家族になってもらわなきゃ困るよ。」


ね、とビルが困ったように笑うから、何も言えなくなる。彼のこの表情に私は弱い。いつもはみんなのお兄ちゃんのくせに、たまに私にだけ甘えてくるんだから。


「君は僕のいちばんだからさ。」


ほら左手出して、と催促をされて言われるがままに差し出す。薬指に指輪が嵌められて、手を引こうとしたらそのまま引っ張られてしまった。瞬く間に彼の腕の中。


「ようやく君が手に入った。これがプレゼントは私、ってやつだね。」


ビルは満足そうに笑うと、痛いくらいに私を抱きしめた。おじさんみたいなジョークは聞かなかったことにしよう。



Happy Birthday William Arthur Weasley!!



(さあ、隠れ穴で僕らの家族が待ってる。母さん、君の分の食事も用意してたよ)
(あれ?私行かないって言ってなかったっけな…)
(さあね。どのみち、お嫁さんとして紹介しなおさないとね)

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