ビル先輩!ほろ酔いですね!

「サラ、たまには飲みに行こうか。」


ビル先輩のこの言葉がきっかけだった。日々のセクハラを警戒して「2人でですか?」と確認をしたところ、私の嫌がる顔を見てなのか、我が友人であるチャーリーも来ると言ったのだ。だから私はチャーリーとは現地合流という言葉を信じて、このセクハラ上司に職場からほいほい着いて来た。



しかしどうだろう。フタを開けてみれば、やってきたご飯屋さんはびっくりするぐらいオシャレだし、姿現しで登場するはずの友人は、眉毛すら来ない。「チャーリーは来られないらしい。」と白々しく言い放った上司は、とりあえず睨みつけるとする。ビル先輩は私の精一杯のガン付けなんてどこ吹く風、行こうか、と私を優しくエスコートする。ナチュラルに腰に回された腕は叩き落とした。


「手厳しいね、本当。」


彼に案内されるがままに席について、最初の一杯目を、彼と同じものを頼む。メニューを開くと、おいしそうと思う一方でなかなかのお値段に笑顔が引きつった。


「値段のことは心配しないで。」


そう言ったのは私の上司。確かに、部下という立場上奢ってもらっても変じゃない。しかし、チャーリーの友人である私はウィーズリー家の経済状況が芳しくないことを知ってしまっている。


「僕のことなら大丈夫。うちは確かに裕福じゃないけど、両親は頑なに僕のお金を使おうとしないから結構余っちゃうんだ。」


やれやれ、と肩をすくめたこの人は、両親のことを話すときすごく誇らしげな顔をするし、兄弟について話すときは優しいお兄ちゃんの顔になる。


「なんていうか、ビル先輩のそういうところは好きです。」


「現金な子だなあ。僕もサラのこと好きだよ。」


「そういうことぽんぽんいうところは好きじゃないです。」


「でも嫌いじゃないでしょ?」


ビル先輩はニヤリと笑う。だからこういうところが嫌いなんだ!どこまでも私よりうわてで、勝てっこない。顔に集まる熱をさまそうとしてる間に「てきとうに頼んじゃうね」となんでもない顔でスマートにオーダーしちゃうところも嫌い。できないことなんてないに違いない。オーダーが終わる頃にちょうどお酒が届いた。


「乾杯。」



…と、2人でグラスを合わせたところまでは良かった。そう、ここまでは通常運転。美味しいおつまみを食べながら世間話をして。軽口を叩くビル先輩に振り回されるのはいつものことだ。


私はいまだ素面に近い。もう一度言おう、私はまだほぼ素面だ。決して、アルコールに強いわけでもなく。


ただ、困ったことに目の前のこの上司は完全にできあがってしまった。そういえばいつも飲み会で1人だけバタービールを飲んでいたっけ。


「本当にサラは僕好みなんだよね。髪の毛だって柔らかいし、ほっぺはぷにぷに。首だってほらこんなに細い。」


そして、あろうことか私をベタ褒めし始めた。部位を口にすると同時に、私に触れていく。最初に髪の毛を撫で、頬をつついて、それから隣に座ってるのをいいことに私の首に鼻を寄せる。「いい匂いもするね」なんて熱い吐息を吐きながら言うから、思わずぞわりとしてしまった。


「本当いい加減訴えますよ?!」


胸にまで伸びてきそうな腕を押さえつけて、怒鳴る。そうでもしないと恥ずかしさでどうにかしてしまいそうだ。私が腕を押さえつけていたはずなのに、彼に手を取られてしまった。


「訴える気なんかないくせにね。」


「なんでそう思うんですか。」


彼は私に答えをくれなかった。ただ顔を上げて魅惑的な笑みを浮かべると、眼前に私の手を持ち上げ、つつつ、と指先でなぞる。


「手までこんなにかわいらしいときたら向かうところ敵なしだね。」


答えない私に、ね?と問いかけるように首をかしげ、それからちゅ、とご丁寧に音を立てて指先に唇を落とした。



「…もう帰ります。」


これ以上ここにいたら危ない。ビル先輩が狼に豹変するとかそんな話じゃない。(や、そんな話もあるけど)私がこの色気にやられてしまいそうだ。大人として、上司と部下として、超えてはいけない一線がある。それに、ビル先輩みたいなモテ男なんて私にはハイレベルすぎる。


ビル先輩は、ハイハイと笑って立ち上がった。


「僕ももう帰るよ。送ってこうか?」


いやいや、こんな酔っ払いに送ってもらうわけにはいかない。第一、私が帰ると言ったのはこの色気から逃げるためだ。ブンブン、と首を激しく横に振った。


「うん、賢明だ。送り狼にならない自信はないからね。その代わりキスしてもいいかい?」


ビル先輩が本当にキスするんじゃないかってくらい熱っぽい瞳で顔を覗き込むから、「ごちそうさまです!」と早口で言って姿を消させてもらった。



…もう嫌だ、セクハラどころの騒ぎじゃない。こんなにドキドキしてるんじゃ、訴えれるわけないじゃないか。


(…ほんと、可愛くて参っちゃうな)


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