ビル先輩!デートですね!
「ねえサラ、デートに行こうか。」
眩しい。
私の前で頬杖をつくビル先輩が眩しい。
「それはセクハラに入らないんですか?」
「どうだろう。君の気持ちひとつじゃないかな。」
うん、確かに。
セクハラの定義なんて曖昧で、受け取る人の気持ちひとつでなんとでも言えるのだ。
問題は、私がこの人のことを少し気にしてしまっていることで、さほど嫌だと感じていなくて、むしろ素敵な笑顔にドキドキしていること。
だったら付き合えばいい、なんて簡単な話じゃなくて、こんなモテモテな人と付き合うと後が大変だから嫌だというネガティブな思いが働いているのだ。
「でも、好きな子をデートに誘うの普通のことじゃないかな?」
考えあぐねている私に、ビル先輩が余裕の表情を向ける。小首を傾げた彼はそこいらの俳優さんにも負けないくらいかっこいい。
「まあとにかく来てよ、待ってるからさ。」
彼は私のデスクに日にちと時間、それから場所を記した紙を置くと、さっさと行ってしまった。いつものセクハラもないけど、いつもの優しいビル先輩ともなんか違うなあ…。
***
「おはよう。」
ビル先輩は、かっこいい。
遠くにいても彼の真っ赤な髪の毛と、スタイルの良さから彼を見失うなんてありえない。だから待ち合わせ場所に着くなりすぐに彼を見つけられた。
「すみません、私後輩なのに待たせちゃいましたね。」
まだ待ち合わせ10分前。だから少し笑って見せると、ビル先輩はなんてことないように首を横にふる。
「いいよ、全然。僕が待ちたかっただけだから。それに今日は後輩としてじゃなくて女の子を誘ってるわけだからね。」
いつものビル先輩とは違うらしい。どうやら私たちは今日は上司と部下ではないらしく、一人の女であり、ビル・ウィーズリーという一人の男らしい。突然口説かれるから驚いて見上げたら、彼は笑って頭を撫でるから、若干の照れを感じる。
「子供扱いしないでください」と誤魔化すも、彼は取り合ってくれなかった。
...と、朝からこんななわけだが、今日の彼は口説きのプロだった。とにかくスマート。
手なんて繋いでないのに、ヒールを履いて普段に増してとろい私の歩幅に合わせて歩いてくれた。私が立ち止まればすぐに気づいて、彼も止まってくれた。ご飯を食べている時の相槌も上手で、お会計もいつの間にか済まされていた。デートを振り返って見ても非の打ち所がなくて、怖いくらいだ。
***
「ビル先輩って、すごいんですね。」
夕方ごろ、彼が素敵なものを見せてくれると私を小高い丘に連れて来てくれた。誰もいない静かなその場所は内緒話をするのにうってつけなような気がして、なんだか小声になってしまう。
「なにが?」
「スマートで、女の子の喜ぶことなんでもできちゃうんですもん。」
「…どうだか。」
今日一日彼と過ごして分かった。ビル先輩は女の子のことなんてもう分かってて、扱いに長けている。今までの彼の恋愛経験が見えるみたいに。
「そうですよ、私が今まで好きになった誰よりもかっこよかったです。王子様みたいで。」
ビル先輩が口を開きかけたので、「でもね」とそれを遮った。こういうのって嫌だけど。別にまだ告白されたわけでもないのに。だけど向こうに変な期待を持たせるよりーーーなにより私が、変な期待をしないようにきちんと言っておかなければ。
「でも、私はお姫様じゃないし、普通なんです。良くも悪くも。だからビル先輩みたいな王子様じゃ釣り合わなくて嫌になっちゃいます。」
へらり、いつもの調子で笑ってみる。だけどビル先輩はいつもみたいには笑ってくれなくて、険しい顔でなにやら考えている。
「…僕はどうしたらいい?」
ぽつり、彼の口から出たのは今日はじめての弱気な言葉だった。ビル先輩の苦しそうな表情なんて見たことがなかったから、つい言葉に詰まってしまう。
「他の男と比べられて、王子様みたいだなんて言ってさ。僕の努力なんてまるで無視だ。君はなんにも分かってないよ。今日僕が一体どれだけ緊張してたか君には分からないだろうね。」
こうまくし立てるビル先輩には、なんて答えたらいいんだろう。
私は決して彼のことが嫌いなんかじゃなく、むしろドキドキさせられてばかり。だからどうしたらいいとかそんなんじゃなくて、自分の気持ちの問題で、彼にどうこうできることじゃないのだ。
「…ごめん、困るよね。」
ぐしゃりと自分の髪の毛を撫でて、ため息をつくビル先輩。
「今日は帰ろうか。」
ビル先輩の無理に作った笑顔は、真っ赤に照らされていた。その犯人は綺麗な夕陽で、おそらく彼が私に見せたかったもの。
綺麗で、それでいてあたたかい夕陽はきっと普段だったら私に安らぎを与えてくれるはず。だけど今は、罪悪感と自己嫌悪に追い打ちをかける材料でしかない。
小さく「すみません」と謝っても、ビル先輩から返事はなかった。
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