ビル先輩!合コンに行きたいです!

「おはようサラ、かわいい格好してるね。ようやく僕とデートする気になった?」


朝一、グリンゴッツの入り口でビル先輩に遭遇。この人はまた軽々しくそういうことを言う。きっと本当に好きな人にはこんなこと簡単に言えないから、ビル先輩が私に気があるかと思っても絶対に勘違い。からかうとおもしろい部下ぐらいにしか思ってないんだろう。


「違いますよ、合コンです!」


ちょっとムッとして正々堂々答えたのがだめだった。彼の動きがぴたりと止まって私をてっぺんからつま先までしげしげと見る。


「だめだよ。」


なんの権利があってか、私の合コン行きを廃止にしようとしている。しかし今日は外すわけにはいかない理由がある。


「そんなかわいい格好して行ってみなよ。男たちは皆君に釘付けだ。サラに変なことしたいとしか考えないよ。」


「言うほどはしたない格好してないです!」


別にふしだらな格好をしているわけじゃない。薄いピンクのブラウスに膝丈のふんわりスカート、合コンにありがちなファッションじゃないか。


「男は最初から露出度の高い格好をしてる女より、そういう清楚な女の子をどうこうしたくなるものさ!それに君はただでさえ肉感的なんだから気をつけないと男が欲情しちゃうよ。」


「ビル先輩の主観で世間を語らないでください!」


肉感的なんてどういうセクハラだ。欲情なんて完全にセクハラ。


「それに今日は合コンという名の、チャーリーと元カノのヨリを戻す会なので、外せないんです。」


これで彼の気持ちも揺らいではくれないだろうか。優しいお兄ちゃんだからかわいい弟の恋路を応援をするはず、と踏んでいたのだけれど。


「別にそこにサラがいなくてもよくない?」


現実はそうもいかないらしい。


「だって今更キャンセルの連絡できないし。」


「なんのための煙突飛行?僕がチャーリーに連絡してあげるよ。」



ああ言えばこう言う、いけしゃあしゃあと。どうしたら引き下がってくれるんだろうか。合コンぐらいでいちいちこんなに止められるんだろうか。そんなの、なんていうか、ビル先輩ったら、



「お父さんみたい…」



おっと、心の声が漏れた。


ちらりとビル先輩を盗みみれば、無表情で私を見下ろしている。その表情から、仕事でミスしても怒らない彼が、珍しく怒っているということが分析できる。つつつ、と背中に冷たい汗が流れた。


「お父さん?サラの?だとしたら君のお父さんが君に対してそうとう邪な感情を抱いてることになるけど大丈夫?」


歩きながらも、ビル先輩の説教がはじまった。入口から近いはずの部署がやけに遠く感じる。


「君のお父さんは君を守りたいんだと思う。だけど僕は違う。」


彼の言葉から逃れるかのようにせかせかと足を動かして、仕事場のドアノブに手をかける。この時間から解放されると安心していたのだが、私がドアノブに手をかけると、同時にビル先輩も私の手の上から、彼の左手でドアノブを握った。


「いいかげん真面目に聞いて。」


さらに右手を私の顔の横につく。扉とビル先輩に挟まれて、身動きがとれない。ドアノブが捻れないように握られているし、振り向いたらきっとすぐそばに彼の顔があることぐらい予想がつく。だから振り向くこともできずにそのまま固まるしかない。


「僕は君を守りたいだけじゃない。君といると、どうしようもなく落ち着かなくなる。」


彼の策略によってその場にとどまる私に、いつもよりワントーン低い声で囁かれる。私の心臓は今までにないくらい大きな音でドンドン暴れていて、どうしようもなく緊張している。


ビル先輩の顔は見えないし、重なっている手は熱い。それに彼の台詞。私だってそこまで鈍くないし、子供じゃない。だからビル先輩の言わんとすることは分かる。


「…でも、嫌だもん。」


「なにが?」


「先輩は、モテるから嫌。」


子供みたいな私の物言いにビル先輩はため息をついて、私から距離をとった。私は彼を信用できないんだ。どうせ遊ばれてるだけだって。


そんなささくれた気分なのに、彼の声は魔法みたいで、「こっち向いて」と言われると身体が素直に従ってしまう。部下のサガというやつだろうか。そこには先ほどまでの無表情の先輩はいなくて、あるのは私を見つめる真面目な瞳。そして彼の印象的な赤い髪も。なにを言われるのかと彼を見つめていたら、ビル先輩は表情を緩めた。


「よし、決めた。今日から一週間絶対に君には触れない。セクハラ発言もしない。なんせ、君に真剣だって信じてもらわなくちゃいけないからね。」


ついさっきまで私たちの間にあった緊迫感はもうなくて、彼は明るい口調で話を進めていく。


「証明してみせるよ、僕が本気だって。」


ビル先輩は「これが最後」と私のおでこに唇を落として、さっさと行ってしまった。



どうやら、私はセクハラ上司と真剣に向き合わなければいけないらしい。



(とりあえず、今日のサラの仕事はいつもの倍にしようか。合コンに行けないように。)
(え?!)
(え?まさか合コン行かないよね?)
(い、行かないんで仕事減らしてください〜!)
(…最初からこうすればよかったかな。)


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