ブスと泣きべそ

私とリドルはまぎれもない恋人同士だ。
人前でべたべたひっついたりはしないけれど、決して隠しているわけではない。


隠していないのに、みんな信じていない。私とリドルが付き合っているということを。


「トムは優しいから同情してあんなブスと一緒にいてやってるのよ」なんて言われることもザラじゃない、そんなの慣れっこ。


…と、言いたいところだけれど。たまには心がポッキリ折れてしまうこともある。


そういう時は、トイレの個室にこもるに限る。談話室なんてもってのほかだし、部屋に行けばルームメイトに心配をかけてしまう。トイレなら授業中は誰もこないし、トイレでの多少のすすり泣きはここホグワーツでは日常茶飯事なのであまり気にされない。


しかし、我が彼氏は目敏く(女子トイレにいる)私の居場所をいとも簡単に見つけてしまった。その上、先ほどからトントントントントントントントントントンとノックが鳴り止まない。彼は授業中のはずなのにね。


「サラ、いいかげん出てきなよ。」


長きにわたりその音を鳴らし続け、ついに痺れを切らしたリドルが声をかけてきた。誰にも会いたくない時だってある。どうしてかまってくるんだろう。


「嫌だ、リドル絶対泣き顔みてブスって言うもん。どっか行ってよ。」


情けない。こんなの完全八つ当たり。そんなことは分かってる。だけど、出てこいと言われて出て行くぐらいなら最初からトイレになんかこもってない。それに傷ついて彼氏に甘えられるようなかわいい女じゃない。


私の些細な反抗に、リドルの足音は意外にもあっさり離れていって消えた。どっか行ってよ、とか言ったわりに寂しさを感じてしまった。なんだ案外あっさり行っちゃうんじゃん、とか。私は普段あんなにリドルのために必死なのに、とか思ったりもして。



ほどなくして、再び足音が近づいてきた。



別の人なのか、もしかしてリドルが戻ってきてくれたのか、考える間も無く私に衝撃が訪れる。バキッ、という盛大な音と、それからバラバラと私の上を木屑が舞う。



みっともなく流していた涙も衝撃でひっこんだ。



開けた視界の先には、デッキブラシを持ったリドル。ドヤ顔の彼から言いたいことは伝わってくる。


「なにも…扉壊すことないでしょ…」


呆れて怒る気にもならない。まさかモップでトイレの個室の扉を壊すなんて、ありえない。


「意味わかんない!どこのトロールよ!開けるにしてもアロホモラとかあるでしょ!」


「アロホモラなんて悠長なことしてられないさ。反対呪文をかけられるのがオチだしね。」


「もし私がトイレ中だったらどうするつもりだったの?!」


「違ったでしょ。君はトイレの個室で泣きべそをかいてただけだ。」


図星な以上は、黙るしかない。ところで、とリドルは私の腕を引いて個室から引っ張り出す。



「君を泣かせたのは誰?」



リドルの指が、手首に食い込む。彼は私が傷つけられたから怒ったのではないのだと思う。きっと自分の所有物が自分の知らない場所で泣かされているという事実が気に入らないのだ。愛情かもしれないけど、歪んだ心。


そんな歪んだ気持ちのリドルは何をしでかすかわからないから、人物を特定させるわけにはいかない。言わないという気持ちの表明のために首を横に振ればリドルは舌打ちをこぼした。


「じゃあなにを言われた?」


「ブスとか…性格のこととか…リドルと釣り合わない、とか。」



先ほどのことを思い出したらまた涙がじわじわ滲んできた。なのにリドルは私のことを鼻で笑っている。別に慰めて欲しいわけではないし、ましてやかわいそうだと思って欲しいわけでもないんだけれど腹がたつ。


「なによ。」


「いや、別に?君がブスなのは今に始まったことじゃないし、性格もそんなに良くないでしょ。それに成績優秀容姿端麗、才色兼備の僕と釣り合うわけないじゃん。」


リドルはぺらぺらといつもの調子で自分のことを褒めたたえ始める。


「君ごときが僕と釣り合うなんざ一生無理な話。」


一生。


たしかにそうかもしれない。私はずっとずっと、劣等感を抱きながら生きていくんだろう。いつ終わるともしれない人生の中で。一生、という言葉は重くて、それでいて薄っぺらい。


「…リドルは私の泣き顔を見に来たわけ?可愛い恋人を慰めにきたのかと思った。」


「本当君は口が減らないよね。かっこいい彼氏が迎えに来たんだから素直に喜んでくれない?」


反論したかったが、リドルによって阻まれた。彼は私の頬に両手を当て、顔を押しつぶさんばかりの強さで挟む。せめてもの抵抗として言葉とも言えないような音声を口の中から出す。


「黙っててよ、慰めてる途中なんだから。いい?一回しか言わないからね。」


リドルの胸の中に引き寄せられた。今から私を慰めるために、恥ずかしいことを言うに違いない。告白の時も、真っ赤になった顔を見つめていたら強引に抱きしめられたのを思い出す。



「君と僕は釣り合ってない。他人がなにを思ってるかは興味はない。事実は、劣っているのは僕の方だということ。僕がサラに甘えて、執着してる。」



私を抱きしめる手に力がこもった。



「だから、君と僕は釣り合ってない。釣り合えないさ、一生。だからたまには甘えてよ。君と僕が釣り合うために。」



なんて安っぽい言葉だろうか。古本屋の隅の恋愛小説みたい。だけどリドルの鼓動がきこえて、その胸がやけにあたたかくて、これは現実なんだとたしかに分かる。


「もっといつもみたいにブスとか言って慰めてよ。リドルが優しいと気持ち悪い。」


嬉しいくせにまた可愛くないことを言う。だって素直に甘えるのはやっぱり恥ずかしいから。


「君って貪欲だよね。いつだってないものを欲しがる。」



確かにそうだ。欲しいものが手に入ったら、違うものがほしくなる。ブスと言われれば可愛いと言われたくなるし、可愛いと言われたらブスと言われるのが恋しくなる。



「そういうところ僕たちそっくりだ。」


普通の恋人たちの釣り合いとは少し違うような気がする。だけどリドルは満足そうだし、私もなんだか満たされた。


今のところは、これでよしとしよう。





(泣いて腫れるから明日はいつもよりブスだね)
(…そうですね)
(ブスって言って欲しいんじゃないの?)
(そうだけどそうじゃない)


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