ブスと化粧
「サラ!あなた素敵よ!」
私に化粧を施して、友人は満足そうだ。どうせブスなことは分かっているので、普段よりは素敵だという意味なのはしっかり把握している。
しかしお礼を言わないのもおかしな話だから、感謝の言葉を述べる。すると「せっかくだからトムに見せてきたら?」とのお言葉をいただいた。どうせブスと罵られるのが関の山だけど、少しくらい見せたいと思うのが乙女心。
リドルがいるであろう談話室に向かうと、案の定そこにいた。人が集まるところが大嫌いなくせに、株上げのためにいつだって談話室にいる。
私の姿を目に留めると、爽やかに片手をあげ、腰掛けていた椅子を離れて彼の周囲の人間をかきわける。
微笑んだまま私の横に立ったリドルは、耳元にスッと唇を寄せた。今日は一体どんな罵詈雑言が飛ばされるだろう。シンプルにブスと言われるか、君ごときが化粧したところでブスはブスだとか言われるか。
そう身構えていたのに、意外な言葉を囁いた。
「かわいいね。」
なんて。それも甘くてとろけそうな声で。あやうくときめきそうになってしまったが、リドルが私にこんなことを言うなんて絶対おかしい。追いかけようと思ったのだけれど、彼はさっさと談話室を出て行ってしまった。
***
あれから数日。
違和感はあったものの、珍しく褒められたので、私は毎朝必死に化粧をしている。
だけど、やっぱりリドルに避けられている。会っても軽い挨拶を交わすくらいだし、授業でペアを組んでもブスだなんて一言も言わない。こちらを見るし、しゃべるけど、まるで他人行儀だ。
友人に相談したところ「あなたが可愛いからブスって言わないだけよ!」なんてはしゃいでいた。あの口の悪いリドルは私の容姿以外でも、欠点をいくつもつけると思うのだけれど。
「リドル、ちょっといいかな?」
ひとりでいるところで話しかけても仕方がない。あとからリドルファンクラブのお姉様方に陰口は叩かれるけれども、人が大勢いるところでわざわざ声をかけた。そうすれば優等生の彼は断れないから。
どこかにいってしまわないように、しっかり腕を掴んで歩く。彼も、私と同様なにか思うところがあるからなのか、一切抵抗はしなかった。空き教室を見つけて、そこでようやく腕を離した。
「どうしたの、こんなところまで連れてきて。」
ニッコリ、彼は甘いマスクで似合わない笑顔を浮かべる。他の女の子に向けている笑顔と一緒で、無性に腹がたつ。
「私なにかした?」
女は直球勝負。少しだけ怖いけれど、まごまご言ったところでなにも解決しないんだから。こんなことに怖がってちゃ、この二重人格の彼女なんてつとまらないし。彼の質問には答えられてないけど、この際どうでもいいのだ、そんなことは。
リドルは問いに答える代わりに、ため息を一つ私に送った。そしてポケットから取り出した淡い色のハンカチを、強引にも私の顔面に押し付ける。
リドルはその布で、ゴシゴシと痛いくらいに私の顔を拭く。目も、鼻も、口も、肌も、余すことなく私の化粧を拭い去っていくのが分かる。痛い、と声を出しても止まることはなかった。
あまりの出来事に呆然としてしまう。
彼は私の化粧が気に入らなかったのか。それで私を避けていたのか。たかが化粧をしたくらいで?
「心当たりは?」
行動から怒っているというのは分かるのに、表情からは感情が読み取れない。リドルと付き合い始めるもっと前に戻ったみたい。
「…化粧、したこと。」
肌がヒリヒリするぐらいに擦るんだから、それ以外考えられないじゃないか。しかし違ったようで、彼は口の端だけを釣り上げて笑った。
「僕は君が化粧をしたくらいじゃ怒らない。いくらブスが化粧をしたところでブスのままだからね。」
腹は立つけど、少しだけ安心した。リドルが私をブスと呼んだことに。さっきみたいな作り笑顔は見たくない。私に心を閉ざして、自分の殻に閉じこもってしまうなんて嫌だ。
「問題は、僕の知らないところで化粧をしたことだ。」
彼が言葉を区切るものだから、部屋には沈黙がうまれて居心地が悪い。しかし、リドルは私に動く隙もないくらいに睨みつけてくる。
「僕の知らないところで、サラが変わるなんて許さない。」
そう言ったリドルは、私から目をそらす。やっぱりいつも何かを怖がっている。その恐怖に対して強い意志を感じるけど、反対にそれに飲み込まれてしまいそうなほど弱い。
私には、彼の脆くて柔らかい部分に踏み入る勇気はまだない。だからせめて今は、彼を守るためには、ただ従うことが得策に違いない。
「いいね?」
念を押す彼に頷くだけで、リドルが少しでも救われるなら、私はいくらでもそうしてやろう。そばにいる間は、彼を守るのが私の役目だから。
(化粧汚いしいつもに増してブスだね)
(誰のせいよ)
(僕)
(...すごい満足そうで腹立つ。言っとくけど痛いんだからね?)
(それはごめん)
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