ビル先輩!入れ替わりですよ!


(ちょっとお下品なので注意)


朝めざめたら、いつもと違う天井があった。実家でも、私のひとりぐらしの住まいでもない。


おかしい、と思いながらも身体を起こす。ゴーストの悪戯か何かで、天井を変えられてしまったのかもしれない。しかし起き上がって気が付いたことがある。



どうやらこれは、私の身体じゃない。



…私の、身体じゃない!


というのも、胸がないのだ。
いや、ないわけではない。正直言って胸筋がすごい。絶対に女の子の身体じゃないと言い切れる。それに脚の間になにやらある。一本、あるはずのないものがある。


パニックに陥りそうなので、とりあえず深呼吸。焦った時にはこれが1番効果的だ。


そうだ鏡。いったい自分がなにものになってしまったかを確認しないと。かがみかがみ…と頭の中で繰り返しながら家を歩き回る。いつもの癖で頭をかけば、ふと自分の髪が今なお長いことに気がつく。それから赤い毛先を視界に入れる。


「うわ…」



思わず声が漏れた。



長髪、赤髪。



これ、嫌な予感。



この髪質にこの髪色、それにこの筋肉質な身体。よく見知った人物ではなかろうか…。


とにかく確認しなければ、そう思ったちょうどその時、バチン、という大きな音がドアの外から聞こえた。続いてドンドンドンドン、と激しく扉を叩く音。無視をするか、否か。


「あ…えと…すみません今…」


「僕、ビル・ウィーズリー。」


なにやら女の声だ。でもこういうからにはビル先輩だろう。私が彼の身体を使ってしまっているのだから、彼は他の人物に入らざるをえないだろうし。ドアノブを捻れば、そこにいたのは私だった。嘘でしょ…私ってこんな声なのか…。


しかしそんなショックより何より、ホッとしてしまった。いつもの頼れる存在に。安心して目に涙が溜まっていくのが分かる。しかもポロポロとこぼれてしまった。


「大丈夫?泣いてもいいけど自分の泣き顔を見るのは変な気分だな。」


やっぱり私は今ビル先輩の身体らしい。だとしたら、今泣いているのはビル先輩の顔。上司の泣き顔は見たくないから、泣きやもう。しゃくりあげながら涙を拭えば、私の姿をしたビル先輩が頭を撫でてくれた。


「とりあえず入ろうか。」


ビル先輩のお部屋に、私の姿をしたビル先輩が案内してくれるのはなんだか不思議だが、されるがままについていった。


「まあとりあえず説明だけしておくね。」


ビル先輩が私をベッドへと促しながら言う。自分は、床に座るあたり相変わらず紳士だなあと思った。



「この夏休み、僕の弟たちが実家に帰っててね、」


ビル先輩の長いお話をまとめるとこうだ。


悪戯好きの双子が、ポリジュース薬の成分を元に入れ替わりキャンディなんてものを作ったらしい。その実験として、実家にいる弟たちに会いに行っていたビル先輩の髪の毛をいれた。


おもしろいから、と持ち帰ったビル先輩が、昨日の仕事中、間違えて私に渡してしまい、こんな事態に陥ったとのこと。


「子供の実験だから、いつ戻れるかも分からない。数分後かもしれないし、戻れないかもしれない。本当にすまない。」


いつも怒ってばかりの私だが、彼が本当に申し訳なさそうな顔をするから、怒るに怒れない。



それから、今はビル先輩の大事な説明を後回しにできるくらいには重大なハプニングが起きているのだ。



これは、明らかにあれだ。人間にはどうしようもない生理現象。どうしたの、ってビル先輩が優しく尋ねるから、またじわじわと泣きそうになってしまう。今度は安心感じゃなくてパニックから。


「お手洗い、行きたいです…」


ビル先輩は、そうだよね、と苦笑した。


「どうしたい?君自身が僕の姿で用を足すか、それともサラの姿をした僕が、この身体を使って、ビル・ウィーズリーの身体が用を足すのを手伝うか。」


ややこしいが、つまりはこういうこと。自分で男性器を持って用を足すか、彼に手伝ってもらうか。


私に選択肢は与えているものの、こんなの最悪だ。セクハラの極みだ。どっちに転んでも恥ずかしいことこの上ない。それに、自分がこんなにも意地悪な笑い方ができることにも驚いた。ビル先輩は少しだけ楽しんでいるに違いない。


ぐるぐると必死に考える脳と、だんだんと迫り来る尿意、そしてビル先輩の微笑み。


「嫁入り前の娘が付き合ってもいない野郎のモノを見るなんて良くないと思うけどなあ。」


ビル先輩の、半ば誘導のような言葉によって、私はビル先輩に放尿を手伝ってもらうことになった。仕事の影響なのか、彼のアドバイスを聞き入れる癖がついてしまった。


「はい、トイレはこっちね。」


ビル先輩に背中を押されて、お手洗いについた。どうしていいかわからないけど、とりあえず便器の前に立つ。「目閉じててね」と言われるがままの指示に従う。


パジャマだからチャックなんてついていなくて、するりとズボンを下される。別に自分の身体じゃないし、ビル先輩のほうが見慣れているのだ、なにも恥ずかしがることなんてない。なんにも、と必死に自分に言い聞かした。


それから自分にはついていたことのないものに、優しく手が触れる。自分の手とは言え…いや、自分の手だからこそ、羞恥心でぶったおれてしまいそう。


「はい、おしっこしていいよ。」


その言葉を合図に、身体中の力をなんとか抜く。今まで溜めていたものが抜けていく感覚。その水音がなんとも恥ずかしくて、耳を塞ぎたくなる。



「終わったね。」



ビル先輩はよく我慢しました、と褒めてくれて、それから私の下着とズボンを戻した。ようやく目をあけたら、さすがのビル先輩も困ったような顔だった。


と、その時だった。ぐらりと視界が揺れる。同時に私の姿をしたビル先輩も態勢を崩した。私はなんとか目眩に耐えて、彼を支えた。…はずだったのだけれど。



私の視界の中には先ほどまで見ていた、自分の身体はない。そのかわりにシンプルな床。それから、見上げてみれば、私と同様に驚いているビル先輩の顔。そして感じるのは私を支える男性特有のたくましい腕。


「…戻ったみたいだ。」


ビル先輩は落ち着いたトーンで発する。それからちゃめっけたっぷりに「今サラのおっぱいが腕に当たってるのはラッキーすけべってことで」なんて言ってのける。


今は元に戻った驚きと感動で怒る気なんてしなくて、ただただこくこくと頷いた。



「ところでサラ、トイレ大丈夫?」


は、戻った感動で忘れていたけど、自分の体に戻った途端再び尿意に襲われてしまっている。



「手伝ってあげようか?」


「結構です!」


ニヤリと笑うビル先輩を、ぐいぐいと押しやってお手洗いの外に出す。あの意地悪な顔は、やっぱり私じゃなくて彼がやるからサマになるんだな。


1人で落ち着いて便器に腰掛けてふと思う。ビル先輩は、きっと朝からトイレに行ってなかったんだ。私のために、トイレを我慢していてくれたんだ。



あのセクハラ上司は、案外ジェントルマンらしい。





(あの、お手洗い我慢しててくれたんですね)
(ん?ああ、うん。さすがに悪いかと思って。でもおっぱいは1回揉んだ)
(は?!)
(でもやっぱり揉むなら君の反応が見たいな、と思ったよ。)
(…は?!)


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