ブスと独占欲

私はイケメンを眺めるのが好きだ。ブスのくせに、と言われてしまえば返す言葉もないけれど、眺めるのくらいは自由にさせてほしい。


魔法薬学は、ハッフルパフと合同なのだけれど、隠されしイケメンがいる。その子は性格が暗いがゆえに周囲からイケメンとは認識されていないが、よく見るとしっかり整った顔をしている。


今日も例に漏れず、魔法薬学のクラスで彼を盗み見るのが私のひそかな楽しみだったのだけれど。その私の楽しみに気が付いた男が1人。それも厄介な奴。


「君、いつもあの男のこと見てるよね。」


私の恋人、トム・リドルだ。あいにく、ここでそんなことないと彼氏にフォローをいれられるほどできた性格をしていない。見てるものは見てるし、かっこいいものはかっこいいのだ。


「どうだっていいでしょ。」


「あんな暗い奴のどこがいいわけ?」


「暗いけどかっこいいもん。」


私の反論にリドルはふぅん、とつまらなさそうに相槌を打つ。この人は案外面倒な性格をしているから、多分嫉妬している。それから、あんたも大概暗いよ、と言ってやりたい。


「…君、ブスだからどうせ相手にされないよ。」


いつもみたいに優越感に浸ってるようなふざけた言い方じゃなくて、静かに噛みしめるみたいに言うものだから、なんだか悲しくなって、反論を飲み込んだ。そんなこと私が1番分かってるしね。


「今から僕が聞いてきてあげるよ、あの根暗男に。君のことどう思うか。」


私は別にそんなつもりで彼のことを見ているわけじゃないのに、リドルが拗ねてしまった。この人は、猫かぶりが上手だからそんなことはしないだろうと高を括っていた私が馬鹿だった。リドルは立ち上がると、彼に向かって歩いた。


「君あのブスのことどう思う?」


そう聞いたときは本当に気でも狂ったんじゃないかと驚いた。あの猫かぶりリドルが、人前で私のことをブスと呼ぶなんて。今やクラス中の注目の的となったイケメンはぽかんとしている。


「そう。あそこのブス。サラ・ウェリントンのこと。」



なかなかのボリュームでなにを言っているんだ、あいつは。怒りたい気持ちはある。しかしそもそも人から注目をされるのは苦手だし、さらに周囲のクスクス笑いも混ざってるからますます恥ずかしくなる。どこかで「やっぱりトムがあの子と付き合ってるなんてデマよ」という勝ち誇った声がした。


その場にいるのが苦痛で、教室を出て行こうとしたところで、なにやらぽそりと根暗イケメンが声を発した。近くにいたリドルすら聞こえなかったようで、首を傾げている。



「…別に、僕は気にしないけど。」



彼ははっきりと、こう述べたのだ。
それに思わず立ち止まった私と、「そう」と苦虫を噛み潰したような表情のリドル。荷物も持たずにさっさと教室を立ち去ってしまった。やばい、機嫌を損ねたらしい。周囲の目も気にせずに慌てて2人分の荷物をかき集めて、早足のリドルを追いかければ、早足だったとはいえ、走ったら簡単に追いつけた。



「リドル、ちょっと待ってってば。リドル。ねえ。」


頑固だから絶対に振り向かないと思っていたのに、背後から何度か声をかけたら、彼は振り向いた。私の腕を急に掴むものだから、教科書たちがバサバサと音を立てて地面を打つ。手首を握る力は、骨が軋んでいるんじゃないかってぐらい強い。



揺れる赤い瞳は、いったいなにを見ているのだろうか。



だけど、そんな思考は彼の強引な口付けによって瞬く間に奪われる。私の気持ちなんて全く無視して、荒々しく舌を絡めとり、噛み、それから歯の裏をなぞる。怖いという感情はもちろんある。息なんてもちろんできるわけなくて、ただただ必死に耐えるのみ。


怖い。


こんなキス怖がらないほうがおかしい。だけど怖いのは荒々しいキスじゃない。きっと、脆い彼を突き放せば、深い闇の底へ突き落としてしまうこと。だからこんなにも冷静に考えられるし、酸素を求めながらも彼の舌にこたえることができるのだ。



彼自身も息が苦しくなったのか、はたまた私がこたえたことに安心したのか唇が離された。



リドルは口の端につたった水滴を拭うと、私を見据える。




「君は、僕の所有物だ。他の人間を見るなんて、ありえない。」



必死なその声は、まるで子供だ。それも子供中の子供。呆れて笑えば、彼の瞳の色は落ち着いていく。



つくづく、面倒な子供のお気に入りのおもちゃに選ばれてしまった。だけどこの面倒な子供が飽きるまでは、とことんお遊びに付き合ってやろうじゃないか。



「はいはい、わかってるよ。」



リドルを抱きしめたら、彼は私の首におとなしく顔を埋めたのだった。




(公共の場所でキスはやめてね)
(君みたいなブスと付き合ってるなんてバレたら最悪だしね)
(そのブスが好きなんでしょ?)
(…ブスは黙ってなよ)


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