小説 | ナノ

「シンジ君に近づかないでくれるかい?」
そう、言われてしまった。近づかないでくれ、と言われたのは初めてで、しかも私の好きな相手。怯まずにはいられない。左胸の鼓動が耳を揺らす。
「渚、君!?」
シンジ君は驚いた。そりゃそうだ。初対面でこんなことを言う人はいない。ましてや、近づくな、と本人が言わずに他人が言うのだから。私は瞬きしかできなかった。整理が、つかない。頭の中に否定の文字が流れて、あぁ、私ってネガティブだなぁと、笑いながら、涙が目ににじんできながら、混乱していく。赤い瞳の、彼の声が。
「シンジ君、コレは今、君に近づいてはいけない存在なんだよ。だから離れた方がいい。後で僕が何とかしておくからさ。大丈夫」


もう何も聴こえない。
聞きたくない。
訊いたらいけない。訊いたらいけないから訊かないことにする。だから私は、この教室から逃げ出した。


後ろでシンジ君の声がしたような気がしたけど、どうでもいいや。






屋上、シンジ君が何回か来てたのを覚えている。ここでみんなとご飯を食べたっけ。シンジ君のご飯美味しかったな。なんて、昔を思い出し始めている。まるで私が今から死ぬみたいじゃないの。それもいいなぁ、なんて考え始めてるけど。

そう思えば、普通で、平凡な毎日だった。他の普通の一般人とはかわりのない、ありふれた人生。特別なんて何もなくて、誇れるものも何もない。それが、一番平和なのだろうけど、それでも私は特別がよかった。あのロボットに乗って、彼と会えるのなら。神様だったら。能力が使えたら。あり得ないのだろうけど、憧れる。憧れてしまった私は、もう普通に憧れることはない。普通にありたいと、思うことはないのだろう。
彼と最期に出会えて良かった。あの赤い瞳のきれいな彼。彼のそばにいるだけで私は特別な人に近づける気がした。その瞬間を感じ取れた。それなら、もう充分だ。拒絶もされた。他の人にも優しかったのを見れば、きっと彼は博愛主義者。そんな彼に私は拒絶されたのなら、私は特別、ということだ。そうに違いない。でも、特別になるなら、シンジ君のポジションが良かったなぁ、なんて。
私は彼を利用したんだ。彼を好きになったという名目で特別になろうとしたんだ。卑怯な女。卑怯な私。そんな私に溺れてしまえば、こういう苦しみは味わなくてすむ。
でも、どうして、胸が苦しかったんだろう。
どうして、否定されたとき、シンジ君を、見てしまったんだろう。
彼の声、瞳、顔、体、性格、全てが人々を魅了する。
彼の言葉は、聖書よりも正しいのだ。
後でなんとかしておく、その言葉を実行しないかと、待っている。私は屋上で、ない希望を待っている。
誰も来ない。誰も、何も、使者も、やって来てはくれない。

はやく、なんとかしておくれよ、クイーン。


彼は来なかった。もちろん私は此処にはいない。

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