小説 | ナノ

中学校に通ってただけの、平凡で普通の生徒。それが私だ。普通に家があって、学校に行って、遊んで、そういう不自由のない暮らし。ただ、かけているところがあるとしたら、私には母親がいない。そう、中学二年生になる前の年に、ある日突然いなくなってしまった。理由はなんとなくわかる。そう、私の父親の度重なる浮気。父は母さんのことを豚だの、ゴミだの、貶して蔑んで、女と遊び、酔っ払って帰ってくる。母は精神的に追い詰められていた。だから家を飛び出してしまったのだろう。
私はそれを知っていても、それもしょうがない、私の父親は一人しかいない、この人は私の父親だから、この先ずっと縁をつないだまま生きなきゃいけないんだと、人間だから性がうんたらかんたらと割り切ってしまっていた。だってどうすればいいのかわからない。私なんかが、干渉しても、どれだけ血が繋がっていても、心だけは他人なんだから。
そうやって家のこと、学校のこと、友達のこと、それぞれの私の顔を作って毎日毎日生きてきた。普通だ。みんなそうだろう。全部同じだなんてできるわけない。だって友達は家族にはなれないもの。いつも通り、学校に来て、友達に挨拶して、席に座る。それだけだった生活なのに。
ある日転校生がやってきた。ここ最近は引っ越す人も転校してくる人も多くて、一ヶ月ごとにクラス替えをしているような、そんな感じ。だから誰も転校生ぐらいで驚かない。でも容姿だけはみんな気になるみたいだ。先生のかすれた、渋い声。転校生を紹介すると、そう小さくだが聞こえた。どういうやつか、別に気にしていないわけではないが、特別興味もない。その時ちょうど、こらえていたあくびが溢れる。ああ、今は目立たないから別にいいかと安堵すれば、女子の甲高い、悲鳴に近い歓声が聞こえる。
「ちょっと!今回あたりだよ!」
「やばい、めっちゃかっこいいじゃん!」
「ギャーギャー」
まるで鳥のように女子たちが鳴いている。あまり好まない声。軽く耳を塞いで、転校生がどんな人か見てみる。

一言で言うなら、目を奪われる。

銀髪、白に近い髪と、真っ赤な血を連想させる瞳。整った顔。気持ち悪いぐらいに綺麗で、繊細で、芸術品のような彼。頬の肉を少し上げて笑うその一つ一つがとても美しい。天使で女神のような、強い美しさを彼は私に見せつけている。何もない私には羨ましくて羨ましくて、涙が出てきてしまう。
そう私は、この渚カヲルを、一目ぼれした、好きになってしまったのだ。

自己紹介が終われば中休み、10分間の休憩が入る。それを知らせる鐘がなれば、男子、女子構わず彼の周りに人だかりができる。彼の席は遠いから私の近くに人ごみは来ない。あそこの中は窮屈そうでとても疲れるはずだ。話しかけてみたいけれど、生憎そんな勇気はない。だから後ろの席のシンジ君と会話することにした。
「シンジ君、おはよ」
「…名前、おはよ。…すごいね、あそこ」
「…そうだね、あんなイケメンめったに転校してこないから、みんな興奮してるんじゃないかな」
「…そうかもね、カヲル…君だっけ、僕から見てもかっこいいもん」
談笑、なんの変哲もない日常。彼と話すのは少し楽しい。最初はなかなか話してくれなかったから、とても怖かったのだけど、この学校になれたらしく、少しだけみんなと打ち解けてお話もできるようになった。ただ、私のおかげとかではないけれど。
シンジ君はあの怪物と戦うロボットの操縦者らしい。噂では、だったけれど、彼本人が認めたからきっとそうなのだろう。あの破壊光線を出すような怪物と戦ってるなんてとてもじゃないけど、あのシンジ君の性格とか、体格とか、いろいろ含めてありえない。最初はものすごく驚いた。だって彼がそんな強そうな人には見えなかったから。私と同じ、弱くてずるくて卑怯な性格なんだと勝手に決め付けていて。本当に申し訳なく思うぐらいには。
弾む会話に耳を傾け、半分の脳で処理して相槌を打つ。そしてオチと思わしき言葉にクスクスと本気半分ノリ半分で笑っていれば、椅子の引き下がる音が聞こえた。
さっきまでざわざわとしていた空気が凍る。一人が喋らなくなると、それが感染して誰も喋らなくなる。一番最後に声を出していた人は恥ずかしい人となって、まるで鬼ごっこみたいだ。そんな気持ち悪い空気が私は嫌いなのに。最後に笑っていたのは私で、みんなに見つかってしまった。こっちを向く目、ああいやだ。…と思っていたのだが、そうではなかったらしい。あの今一番注目されていた彼が、私たちの目の前に立っている。しかもいきなり立ち上がって。彼はシンジ君の顔を見れば微笑みかけ、「やあ、はじめまして、碇シンジ君」と一言挨拶をする。シンジ君はオドオドとしている。初めて会った人からいきなり挨拶をもらって、びっくりしているのだろうか。「はじめまして、渚くん」と少し上ずった声で返せば、また彼は饒舌に
「僕はフィフスチルドレン、君と同じ、仕組まれた子供でエヴァのパイロットなんだ。よろしく頼むよ。ああ僕のことはカヲルでいいよ」
こう返す。今の言葉の内容を聞けばつまり彼はあのロボットの五番目の操縦者、ということなのか。これはいいことを聞いたかもしれない。胸の隅に入れておいておこう。そう左胸を抑える。彼のことがもっと知りたい、そう思えば彼はこちらを見た。
でもなにもしゃべろうとはしない。まあ私はチルドレンやら、パイロットやらそんなのではないから声をかけないのも当然か。ああ、とても平凡な人間だな私は。
「ああ、お邪魔だったかな、ごめんね、カヲル君。…シンジ君また、後でね」
自分の普通さを久しぶりに呪いそうだ。涙が溢れてくる。私も、普通じゃない人間になりたい。そういう特別な人になりたい。せめて、顔が綺麗で勉強ができればいいのに。それだけで優越感に浸れる私はとても、普通じゃないに憧れすぎて、溺れている。
彼の赤い瞳は私をΓ見る」から、「睨む」に変わったみたいだ。これはどういうことだろうか。目が口がパクパクと私を食い千切るように動く。

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