小説 | ナノ

 彼女を無垢と呼ぶのにはいささかオーバーかもしれない。彼女は無垢じゃない。なにも知らないだけだ。だから無垢というよりは無知である、という方が正しい。何よりも私は無垢=何も知らない、というのは違うような気がするのだ。まぁただ、自分がそう思いたいだけなのだけれど。だから彼女に物事を教えれば、彼女はただそうだったのかという顔も、当たり前という顔も、全くしない。ただ、頷いてその通りに事を進めていく。だから彼女は無垢というより、無知なのだ。無知だから、教えてしまえばそれに従い続ける。命令プログラムの仕組まれたロボットのように。魂、心がどこかにあるのだけれど、底についてない、見えない浮遊した、人形。何もない人形。そうとしか私には見えないのも事実だった。
 それでも、最近は彼女の表情に変化があることに気付いた。たった少しの変化だったけれどそれでも私にとっては大きな事のように見える。あの無知で感情というものがすっぽりと抜け落ちているような少女が、まさか嬉しそうにしているなんて。誰がそうさせているのだろうか。酷いとは思うけど、本当に不思議でならなかった。
 それからというもの、私はストーカーと化していた。アスカという同級生からは「この人形の二番目に気持ち悪いやつ」と言われてしまっている始末。あながち間違っていないから否定も何もしなかったら「アンタは言われてただはいはいと頷くような、気持ち悪いやつなのね。アタシ、アンタみたいなの本当に嫌いなのよ」とまで言われた。それでも揉め事はいろいろと避けたい。彼女の一方的と言える発言を受け流していれば、学校生活で何かと便利なのだ。そう信じたい。というよりどうしてだろうか、こう、周りには気が立っている人間が多い。というより平凡的な人がいない。人間に平凡なんてものはないけれど、でも平均的な考え方や理想というものはあるはずだ。それが、全く周りから感じられない。けれど、一体感はあるこのクラス。本当に不思議で、しょうがないししょうもないとも思う。
 その中ででも、彼女からは癒しというものを感じる。違和感のなかで一つとして絶対に位置する神のような、そんな何かが。隣にいると癒されるのだ。だから私は心のなかでロボットような人とは思いつつも、聖母の安らぎを持つ人とも思っている。
 おはようと声をかければ、少しの空気のあと、「…おはよう」
と小さく呟いてくれるそれは、女神のなにものでもないだろう。


それを、どうだろうか。何かに言い換えて、恋とでも呼ぼうか。




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