私と唯ちゃん

「あれ、あの子……」

ある休日。買い物の最中、唯がふと目についたのは稲葉の幼馴染みである詩織だ。私服姿で、いくらか大人らしく見える詩織は、キョロキョロと回りを見ながら、不安げに歩いている。恐らく迷子なのではないだろうか。
手には服のブランドの名前が入った袋を持っている。唯もお気に入りの店の名前だった。

「詩織ちゃん」

駆け寄って呼び掛けると、ビクリと詩織の肩が跳ねる。だが、声をかけてきたのが唯だと気づくと、その表情を少し和らげた。
唯と詩織はまだちゃんと話したことはなかった。話す機会がなかったと言う方が正しいのだろう。怖がられてしまうだろうか、とも思ったが、詩織は平気のようだった。伊織や太一のようにまではいかないものの、笑顔を見せている。何度か部室で顔を合わしていたし、少しの会話ならした。体操服を貸したことだってあるのだから、案外大丈夫なのかもしれない。

「ひとり?」

「姫子とはぐれちゃった……」

唯の質問にしょぼんとして答える詩織。唯は調度友達と別れたところだった。時間に余裕もあるし、一緒に探すよ。と提案した唯に、詩織はパアッと笑顔を浮かべた。
どうやら携帯は忘れてきてしまったらしい。唯は自分の携帯を取りだし、稲葉に電話をかけた。

「繋がらない……
これはえらく必死に探してるな。きっと。」

ため息混じりにそう呟き、唯は詩織を連れてデパート内を回った。
詩織ほどではないが、唯も小柄な方だ。それに加えて服の趣味も似ているのだろうか、さっきから目を向ける服がほとんど同じだった。

「詩織ちゃんと買い物行ったら楽しそうだなぁ。
稲葉とは服のタイプ違うでしょ?」

「うん。
でも、それはそれで楽しいからいいの。」

そのせいではぐれちゃったんだけど……。と、詩織は俯いて持っている袋を弄る。詩織曰く、稲葉を早く見つけたいが、見つけたくないらしい。恐らく稲葉は、自分を見つけたら怒るだろうから。
その言葉を聞いて、唯は思わず笑った。

「詩織ちゃん、もう欲しいものは買えたの?」

「え?
うーん……まだ。」

「じゃあ、一緒に見て回ろうよ。
きっと変にうろうろするより稲葉も見つけやすいと思うし。」

その時、唯の携帯がなった。着信は稲葉からだ。
通話ボタンを押すと、ざわざわとうるさい中から稲葉の声が聞こえる。その声は落ち着いていたが、詩織とはぐれたということを知っている唯には、無理矢理落ち着かせているようにも聞こえた。

「あ、稲葉?
詩織ちゃんとはぐれてない?
……そうそう。今一緒にいるんだけど。」

唯の携帯を不安げに見上げる詩織。電話の向こうで恐らくひどく安堵しているであろう稲葉のことを考えて、唯は携帯を詩織に渡した。
恐る恐る携帯を耳にあて、「もしもし……」と呟くと、案の定怒られたのだろうか。くしゃりと顔を歪めた詩織は、「ごめんなさい。」と謝った。それを最後に唯に渡された携帯を耳に当てる。

「もしもし。うん、あ、その事なんだけど、稲葉もう少し服見ておいでよ。詩織ちゃんとタイプ違うからはぐれちゃったんでしょ?
……こっちは大丈夫。私はもう買いたいもの買ったし。服の趣味も似てるみたいだから。
……うん、うん。わかった。じゃあ、18時に出口ね。はーい。」

了承を得て電話を切った唯は、詩織に向き直る。唯の言葉からなんとなく状況を察したのだろう。唯が「行こっか」と声をかけると、嬉しそうに頷いた。
そこから詩織と唯は存分に服屋を回った。

「これ可愛い……」

「あ、それ私も思った!
可愛いよねー。」

「うんっ」

服を自分にあて、鏡に写る自分を見る。唯に「似合ってるよ」と言われ、詩織は笑顔を見せた。
念のため試着をして、詩織は買うことを決めた。淡いピンクで、花の模様がついたチュニックだ。
あとはズボンが欲しい!と詩織は唯の手を引っ張った。唯はそのことに驚きながら、だがすぐに笑って見せた。伊織が詩織をえらく可愛がる理由や、稲葉が詩織に対して過保護な理由がわかった気がする。

「これとか詩織ちゃんっぽい。」

「うん、可愛いっ」

唯が選んだそれを手に持った詩織は、うーん、と悩んだ。頭のなかで家にある服と合わせているのだそうだ。しばらくそうしたあと、パッと顔をあげそのズボンを抱えた。
その後、そんな調子で数着買った詩織は、約束の時間、出口で再開した稲葉に駆け寄った。

「姫子!いっぱい買えたっ」

「よかったな。
唯にお礼言っとけよ。」

「唯ちゃん、ありがとう!」と詩織はたくさんの袋を抱え、笑みを浮かべた。なんだかほんわかとした気持ちになりながら、唯は「どういたしまして」と答える。
稲葉の手にも、いつもより多めの袋が抱えられている。やはり、お互いに気を使っていたようだ。

「これで全員制覇だな。」

「?、何が?」

「文研部員。
詩織が二人きりでいても大丈夫なヤツ。」

その言葉に、詩織は嬉しそうに頬を赤らめた。稲葉が意地の悪い笑みを浮かべ、「今度風邪引いたら文研部員全員でお見舞いにいってやる」と言うと、ぶんぶんと首を振って嫌がったが、唯はその反応に関わらず、仲間にいれてもらえたことが嬉しかった。

「また一緒に買い物行こうね。」

「うんっ」

「気を付けろよ唯。
こいつは目を離したらすぐに居なくなるからな。」

「迷子の達人だ」と言う稲葉に、詩織はむっとする。唯が面白がって、「わかった」と返事をすると、あからさまにショックをうけた表情をする詩織に、唯は思わず吹き出した。

「違うよ!
姫子が勝手に居なくなるのっ」

「ほぉ、言ったな?
じゃああの時の遊園地で着ぐるみのしっぽをおいかけて……」

「それはダメっ!」

「えー、なにそれ気になるんだけど。 」

続きを言おうとする稲葉に抱きつき、
ぐらぐらと揺らして口封じをする詩織。
徒歩で来たため、唯と別れるまで詩織はずっと稲葉に抱きついていた。「歩きづらい」と怒られても、「もう言わない」と稲葉が根負けしても、離さなかった。
唯は、なんだかそれが、休日に稲葉と一緒にいられなかった分を補給しているようにも見えた。

「じゃあね、また明日」

「あぁ、またな。」

「ばいばーい!」

唯と別れ、詩織はようやく稲葉から離れた。
軽くなった体にすっきりしたが、少し寂しく感じてしまう自分に苦笑する。そんな稲葉を他所に、詩織は今日の買い物のことを話し出した。

「今日ね、唯ちゃんといっぱい話せたよ!」

「そうか。」

「服もね、一緒に選んだの!」

「よかったな。」

「でもね、」

ついと稲葉の裾を掴んで、詩織は稲葉を見上げた。
稲葉がいつものクセでぐりぐりと頭を撫でると、詩織はにへらと笑う。

「姫子が居なくて寂しかった。」

「!、そうか。」

撫でくり回したいのをぐっと抑え、稲葉は微笑んで見せた。
たまに来るド直球の詩織の言葉に、何度キャラを忘れそうになったことか、計り知れない。
唯や伊織には悪いと思いつつも、やっぱり詩織の一番は自分でありたいという気持ちに嘘はつけなかった。

「じゃあ今度は、伊織も誘って4人でどっか行くか。」

「うんっ」













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