私とお出かけ

「伊織、詩織がお前に言いたいことがあるそうだ。」

そう声をかけられ、伊織は顔をあげた。稲葉の後ろに隠れはしないものの、ブレザーをぎゅっと掴み、稲葉にぴったりとくっついている詩織は今日も今日とて抱き締めてしまいたい。と伊織は思う。また驚かせてしまうだろうから、今はしないが。

「なぁに?詩織」

「あのね、あの……」

仄かに赤く染まった頬をさらに赤くして、詩織はついと伊織を見上げた。

「今週のお休みの日、空いてる?」





「いやぁ、まさか詩織が誘ってくれるなんて思わなかったよー」

「アタシもだ。」

「おや?稲葉ん不機嫌ですねー?焼きもちですか?」

「ちがう。」

詩織が稲葉たちを誘ったのは遊園地だった。3人兄弟で行く予定が、兄と姉が用事で行けなくなってしまったそうで、いらなくなったチケットが勿体ないと誘うことにしたらしい。稲葉としては、これは詩織の兄弟の差し金なのではないかと思う。
伊織と会話しながらも、稲葉の視線は詩織から離れない。放っておくとすぐに迷子になる達人の詩織だ。いつだったか、ここの遊園地でキャラクターの着ぐるみの尻尾を追いかけて迷子になったこともあった。今でも笑える。

「チュロス買えたっ」

「あぁ、よかったな。」

「3人で食べよう!」

まずは自分がチュロスにかじりつき、それを稲葉にまわす。稲葉がかじり、それを伊織に渡す。それを繰り返していると、すぐにチュロスはなくなった。砂糖がふんだんにかかったそれは、詩織の好物のひとつでもあった。それを知っている稲葉は、この提案が少し意外だった。

「まずは何に乗る?」

パンフレット片手に尋ねてきた伊織に、詩織は迷わず絶叫マシンを指差した。

「い、意外なチョイス……」

「こいつは昔っからそうだ。
吐くまで付き合わされるから気を付けろ。」

「うっす。」

詩織は回りより小さい。それゆえに、同級生が絶叫マシンに乗れるようになっても身長制限のせいで一人乗れなかったことがあったらしい。だからこそ、「乗れるようになったらとことん乗りまくる!」と稲葉に宣言していたのだそうだ。宣言通り、身長がなんとか目標に達すると、片っ端から絶叫マシンに乗り込んだ。
当時130センチそこそこだった詩織は、身長があやしい人のために使う130センチのところにラインが引いてある棒を、信用していなかった。以前学校で測ってもらったときは「130.1センチ」と言われたのに、その棒は詩織を拒絶し、門前払いを食らったからだ。

「だから詩織は、遊園地に行くときは肌身離さず身体測定表を持ってる。」

「ぷっ、なにそれ可愛い!
って、え、今も?」

伊織の問いに、稲葉はしーっと人差し指を唇に当てた。そっと前に立つ詩織のリュックサックに手をかけ、ゆっくりとチャックを開けていく。
詩織は絶叫マシンの列に並んでから、早く前に進まないかとずっと前を気にしているため、奇跡的に気づいていないようだ。
なんとか全部のチャックを開け、中を覗きこむ。財布にタオル、おにぎり、ポーチのようなものが入っているのに交じって、A4サイズほどの紙が入っている。伊織は吹き出しそうになるのを耐え、口を押さえた。稲葉はいたずらが成功した子供のような笑顔を浮かべ、その紙を取り出す。

「133.8センチ……」

「体重は見ないであげよう。」

二人はまた静かに紙を戻し、チャックをしめた。無事、バレずにすんだようだ。ふっと息を吐き出し、顔を見合わせる。「な?」という稲葉を合図に、伊織は耐えきれず肩を震わせて笑いだした。異変に気づいた詩織が、キョトンとして振り返る。

「どうしたの?」

「もう!可愛いなぁ詩織はぁ!」

ひしと抱きつかれ、詩織は目をぱちくりとさせた。何がなんだかわからない様子だ。だがすぐに顔を赤くしてわたわたと手を動かし出す。助けを求めるように稲葉を見るが、稲葉は腕をくんで詩織を見つめるのみだった。

「大きくなったな、詩織。」

「っぷー!やめて稲葉ん腹捩れるっ! 」

「な、何があったの?ねぇ、ねぇ!」

詩織がいくら尋ねても答えようとしない二人に、詩織はむぅと頬を膨らませた。




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つづきまーす








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