私と八重樫くん

「天草って、友達ができないんじゃなくて作ろうとしないって感じじゃないか?」

教室で詩織を眺めながら言った太一に、稲葉と伊織の目が光った。
太一がそんなことを言い出したのには理由がある。詩織は回りの女子高生に比べてはるかに小さく、小柄だ。加えて童顔であり、稲葉に甘える様子など、もはや小学生のようだ。そんな詩織は一部の女子から絶大な人気を誇っている。詩織を見ては可愛いを連呼する彼女たちの言葉を聞いて、太一はそう思ったのだろう。
かくいう詩織は恐ろしいほど引っ込み思案で、知らない人に話しかけられれば肩をびくつかせ、まともに喋ることもできない。伊織の場合、稲葉の友人という肩書きがあったからこそ多少話せたものの、まったくの認識がない人だったり、一度怖いと思ってしまった相手だったりすると、逃げることもできず、硬直状態になってしまう。

「どうしてそう思う?」

「え?いや、普通に見た目に問題はないし……
稲葉と話してるところ見ても、仲良くなってからも別に悪いやつには見えないから。
あと、一部には人気じゃないか。」

そう言って視線を移せば、数人の女子が詩織を見て目を輝かせていた。詩織は小さな体を目一杯伸ばし、黒板の上の方を消そうと頑張っている。上から降ってくる粉のせいで咳き込み、頭は若干白く染まっていて、見るに耐えない光景だろう。彼女たちも、見ていないで助けてやればいいものを……。太一は自分が行くべきか否か、思案していた。

「よし、太一。
お前が行ってこい。」

「行ってこい太一! 」

「は?え、でも、大丈夫なのか?
だって俺、話したこともないのに……」

渋る太一の背中を伊織がぐいぐいと押す。「大丈夫だ」という稲葉の言葉を信じ、足を動かしたその時、「ただし、」と付け加えられたそれに、太一は足を止めた。

「詩織をお前のおかずなんかにしたら明日はないと思え。」

「……」

耳元で囁かれたその条件に、太一は顔をひきつらせ、固まった。その状態に、稲葉の表情が険しくなる。「まさかお前……」その後を聞きたくなくて、太一は早々に詩織の元へ向かった。

「天草、手伝おうか?」

びくりと詩織の肩が跳ねた。明らかに怯えを含んだ表情でゆっくりと太一を視界に入れた詩織は、そのあと素早く稲葉を見る。
稲葉はというと、視線が自分に来ることはあながち予想できていたため、伊織と談笑している振りをしてその場をのりきった。

「ぁ、あぁ、ひ、めこ……ぉ」

「俺で悪いな。
でも、黒板消しなら、背の高い俺の方がいいだろ?」

「あ、ぅ、」

太一の言い分に納得したのだろうか。詩織は持っていた黒板消しをおずおずと太一に渡した。
太一が上の部分を消している間、詩織は黒板の前を動かなかった。律儀なのか、それとも動けないだけなのか。わからないが、すべてを消し終わり、再び詩織を視界に入れた太一は、その格好に苦笑した。

「お前、真っ白だぞ。」

「えっ、ぁ、チョークの粉が……」

パンパンと制服を叩き、チョークの粉を落とす詩織。さすがにそれを手伝うと稲葉に殺されそうなので、太一は詩織の頭に着いている粉を払おうと、頭に触れた。その途端、詩織はまるでカチンと効果音が着きそうな勢いで固まってしまった。みるみるうちに顔が真っ赤に染まり、フラりと後ずさる。

「あ、悪い。
頭にも着いてるからさ。」

「……」

思わず手を引いて謝ると、詩織はぺちんと両手を自分の頭にのせ、その両手の平を見てみる。なるほど白く染まっているようだ。仕方なく耳のしたで結わいているツインテールを取り、ふるふると頭を振ってみる。
取れた?と聞きたいのだろうか。ふいと一瞬見上げられた太一は、首を横に降った。

「もう少し残ってる。
触っていいか?」

「っ、う、ん……」

ぎこちなく頷かれたのを確認して、太一はそっと詩織の頭に手をのせ、チョークの粉を落とした。
その時に香るシャンプーの香りや、さらさらと滑り落ちる髪の毛に、少し男として来るものはあったのだが、平常心を唱え、我慢する。こんなことを考えていると稲葉にバレでもしたら、明日どころか10分先が見えない。

「よし、多分オッケーだ。」

「ぁ、ありがとう、ございました……!」

言い終わるが早いか、詩織は太一の前から走り去った。そして、案の定稲葉にキツく抱きつく。太一はそこに自分も行っていいものかと悩んだ。結果、今は行かない方がいいだろうと自分の席に戻ることにした。詩織のためにも、自分のためにも。

「どうした、詩織」

稲葉と伊織はあくまでことの成り行きを知らないかのように振る舞った。詩織はそれを信じこみ、たどたどしく話し出す。
「恥ずかしかったし怖かったけど、嬉しかった」といつぞやと同じ言葉で締め括られたそれに、稲葉と伊織は顔を見合わせ苦笑した。

「だから髪の毛結んでなかったんだ。
よし、じゃああたしとお揃いの髪型にしよー!」

「うんっ」

「よかったな、詩織。
私はやらなきゃならないことがあるから、ちょっと行ってくる。」

「ほどほどにねー」

「?、いってらっしゃい」

深くは知らないがなんとなく稲葉のしにいくことがわかる伊織と、わかっていない詩織に見送られ、稲葉は太一のもとに向かった。
プロレス雑誌を読みふける太一の目の前に手を叩きつける。顔を青くし、ぎこちなく稲葉を見上げた太一に、稲葉はにっと笑って見せた。

「太一、ちょっと顔貸せ。
さっきの話の続きをしよう。」

「……」

太一は自分の身を案じ、一人固唾を飲み込んだ。




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