私とごめんなさい

「天草……」

校舎裏で、なんとか詩織を見つけた太一は、しゃがみこんで肩を震わせる詩織にそっと近寄った。どうしたのか。何があったのか。聞きたいことはたくさんあったのだが、今は聞くべきではないと思った。
詩織の目の前にしゃがみ、数回頭を撫でてやる。

「や、えがし、くん……」

「何だ?」

のっそりと顔をあげた詩織は、まだ涙を溢れさせながら太一に尋ねた。

「ひめこっ、怒ってた……?」

「俺はちゃんと稲葉と話してないから、わからないな……」

「きっと、怒ってるよね……っ私、姫子に『死んじゃえ』って言っちゃった……
もう、仲直りできないのかな、ぁ……?
どうしよう……どうしよう八重樫くん……っ」

ケンカ、でもしたのだろうか。これは伊織に聞くしか手は無さそうだ。一部しか観ていなかった太一は、「大丈夫だ」としか言ってやることが出来なかった。

「天草と稲葉の仲だろ?
すぐに仲直りできるさ。」

「そう、かな……」

「あぁ。
俺が保障する。だからもう泣くな。」

「っ、うん」

その言葉を期に、詩織の涙は止まったようだ。目尻に溜まった涙を拭い、へにゃりと笑って見せた。だが、ハッとしてすぐにその顔を萎ませる。申し訳なさそうに見上げてくる詩織に、太一は首をかしげた。

「どうした?」

「……ごめんね、八重樫くん。
授業、サボらせちゃった……。」

「あぁ、大丈夫だ。気にするな。」

せっかくだし、このまま1限目はサボるか。そう笑って言うと、詩織も小さく笑って頷いた。
コンクリートの部分に腰をおろす。沈黙は特に苦にはならなかったが、せっかくだから、と太一は口を開いた。

「天草と稲葉は、いつから一緒にいるんだ?」

「赤ちゃんの頃から。」

「それは長いな。」

「うん。ずっと一緒だったんだよ。
私が姫子から離れなかったんだと思う。」

姫子のこと、大好きだったの。嬉しそうに言う詩織に、太一の頬も緩む。だが、詩織の瞳にふっと陰が落ちた。

「今もそう。私、ずっと姫子から離れなかった。だから姫子、もう鬱陶しくなっちゃったのかな……」

「!、それはないだろ!」

「でも……」

「大丈夫だ。」と太一は何度も詩織に伝えた。稲葉が詩織を嫌いになるはずがない。太一は、根拠はないが、自信をもってそう言えた。
何があったかはまだちゃんとわかってはいないが、何か理由があるのだろう。稲葉のことだから、一人で考え込んで、こんなことになってしまっているのだ。それがわかれば、必ず仲直りは出来る。そう思った。

「ありがとう、八重樫くん。
私、頑張るね。」

「あぁ。」

頑張って仲直りする。始めての大きなケンカだったが、まだ詩織の稲葉に対する気持ちは変わっていなかった。大好きで大切な幼馴染み。稲葉と一緒に居たいと思った。



放課後、詩織は文研部の部室前に来ていた。ここで稲葉を足止めしておくと、伊織と太一が言ってくれたのだ。
昼休みにもチャンスはあったが、チャイムが鳴るや否や、すぐに稲葉はどこかに行ってしまった。見つけることができず、仕方なくあきらめて、詩織は伊織と昼食を食べたのだ。
大きく深呼吸をしてドアノブを握る。ゆっくりとドアを開けるとソファーに座る稲葉が見えて、詩織は身を固くした。

「姫子……」

「……っ」

詩織に気づいた稲葉はハッとしたように目をそらす。伊織と太一は静かに席を立った。
出ていき際に、太一は詩織の頭に軽く手を置いた。頑張れと言えない変わりだった。

「姫子、朝は体ダルいのにうるさくしてごめんね。」

「っ、」

2人が出て行くと同時に発せられた言葉に、稲葉は勢いよく立ちあがった。やりきれない気持ちが、今にも爆発してしまいそうだった。どうして詩織が謝るのか、謝らなければならないのか。原因は自分にある。詩織が謝ることは1つもないはずだった。鞄を持ち、出ていこうとする稲葉に、詩織は慌てて口を開く。

「姫子、私のこと嫌いになっちゃったの?
っ、私頑張るから!姫子に迷惑かけないように頑張るから!一人でも平気になるよっ」

「っ、アタシはお前のその……っ!」

離れていこうとする所を、見ていられないのだ。だから自ら距離を置いた。そうでもしないと、寂しさに押し潰されてしまいそうだったから。だからと言ってこの気持ちを吐き出し、詩織が稲葉から離れなくなってはダメだ。口をつぐんでしまった稲葉に、詩織はどうすればいいのかわからなかった。稲葉を引き留めるために掴んだ腕はそのままだ。

「姫子……」

「帰る。離せ。」

「姫子、明日は、一緒に学校行ける……?」

「……一人に慣れなきゃダメだ。」

「あっ、ひめ、こ……」

緩んだ詩織の手を振り払い、稲葉は出ていった。一人に慣れなければならない。それは、詩織に言ったのか、それとも自分自身に言ったのか。恐らく後者だろうと、稲葉は思った。部室を出ると、伊織と太一がいた。二人の表情は固い。稲葉は笑ってヒラヒラと片手を振った。

「アタシと詩織が二人きりになるように仕向けて盗み聞きか?
悪趣味だな、お前ら。」

「稲葉ん、やっぱり稲葉んのやり方は間違ってるよ。
どんな理由にしても、こんな方法じゃ稲葉んも詩織も傷つくだけってわかってるよね?」

「俺たちも協力する。
だから、お前が何を考えているのか教えてくれ。他の方法があるかもしれないだろ。」

「……気が向いたらな。」

「っ稲葉!」

「稲葉んの意気地無しっ!」

去っていく稲葉は、何を言われても振り返ることはなかった。
伊織と太一は困惑した。どうすれば稲葉と詩織を仲直りさせられるのか。二人の問題だから、口を出さない方がいいのか。答えは出そうになかった。
部屋に残っている詩織はどうしているのだろう。心配になり、伊織と太一はそっと部屋の扉を開いた。

「詩織……」

詩織はぼぉっと床を見つめ、立ち尽くしていた。伊織の声に、ハッとしたように顔をあげる。泣いてしまうだろうか。どう慰めればいいのだろうか。言葉が続かない二人に、詩織は苦笑して見せた。予想外のその表情に、伊織と太一はどきりとする。

「姫子、行っちゃった。
せっかく二人だけにしてくれたのに、ごめんなさい。」

詩織がどんな気持ちでこんなことを言っているのかわからなかった。

「仲直り出来なかった……。
一人に慣れなきゃダメだって。」

えへへ、と眉を下げたまま詩織は笑う。ただわかるのは、詩織が強がっているということ。太一はそんな詩織を見て、思わず口を開いた。

「泣いても、いいんだぞ。」

「!、……っ」

その言葉に、詩織はくしゃりと顔を歪め、その瞳に涙を浮かべた。だが、すぐに俯くようにして耐え、涙をぬぐう。次に顔をあげたときには、また眉の下がった笑顔に変わっていた。

「泣かないよっ
姫子がいなくても平気になったら、また一緒にいてくれるようになるかも知れないもん。」

その強がりはとても脆いものに見えた。強がれば強がるほど、自分の首を絞めつけるような、そのまま二度と帰ってこれないような、そんな強がり。
その強がりから詩織を解放できるのは、他の誰でもない、稲葉だけだ。恐らく、詩織が一人が平気になることはない。否、一人が平気な人などいない。もし仮に、上部だけそう見せることが出来たとしても、稲葉は戻ってこないだろう。伊織と太一は、そのことがわかっていた。

「じゃあ……じゃあ、それまであたしと一緒に帰ろっか。」

にっこりと笑って伊織が言う。詩織が壊れてしまわないように、自分たちの出来ることをしようと思った。
詩織は伊織の提案に、その悲しそうな笑顔を少しだけ嬉しそうにさせて頷いた。




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