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こんな毒だらけの膿さえも



それはある日のことでした。
大谷吉継の戦友、石田三成が、ある生き物を連れて帰ってきたのです。

「斬滅しに行った村で転がっていた」

そう言って吉継の目の前に突き出してきた生き物。
気絶しているのか、その目は閉じられたままです。

「転がっておった・・・ややこではないか」

吉継が言うように、それはややこ、幼い子供でした。
おそらくまだ四つか五つ、ようやく物心がつき、人として自覚を持つ頃でしょうか。

「赤子は無駄な知識を持たんからな、貴様の身の回りの世話をさせたらいい」

そう三成は言い放ち、ややこを吉継の部屋に残したまま去ってしまいました。

「確かに余計な知識なぞは、持っておらぬであろうが」

目の前に無造作に転がされたややこ。
吉継は、誰もが嫌い避ける病を持っていました。
確かにややこであれば、その様な事も知らないでしょう。
ですが、この幼さではややこが自らの世話をする事すら可能かどうか。
かといってこのまま、またどこかに捨てるというわけにもいきません。

「・・・やれやれ」


結局、しばらく共に暮らし、ややこをどうするか判断する事になりました。


それから、吉継とややこの生活が始まりました。

「よしさま、おはようございます」
「あい、お早う」

このややこが居た村が、どんな村だったか、家族が居たのか居なかったのかわからないけれど、ややこは泣く事も怯える事もしませんでした。
そして、吉継が思っていたよりもずっとしっかりしていたややこ。
自らの世話はもちろんの事、簡単な事であれば、指示さえすればきちんと出来るようでした。


ややこに吉継がまず教えたのは包帯の取り替え方と薬の事でした。


「主は器用よなァ・・・」

ややこは小さな手で吉継の体に丁寧に包帯を巻いて行きます。
それは吉継が自分で巻くよりもとても上手で、動きやすく出来ていました。

「ありがとうございます!けれどよしさま、どうしてほうたいをまいてしまうの?」

尚も包帯を巻き続けながらややこが不思議そうな顔で聞いてきました。

「この体を見て、主は何も思わぬか」

まだ包帯の巻かれていない腕を持ちあげ、吉継は言います。
その腕はあちこち真っ赤で、血がじんわりと滲んでいました。

「あかいいろ、とてもきれいなのに」

そう、酷く残念そうに言うややこに、吉継は一瞬、他の者とは違う何かをややこに感じました。
けれどまだ幼いゆえの、純粋な感情なのだと、そう思いました。


次に教えたのは洗濯の仕方でした。


「やれ、これが一番面倒でなァ」

井戸の傍でじゃぶじゃぶと洗濯をするややこ。
力が弱く、まだうまく洗えていませんが、吉継にとっては十分でした。

「よしさま!よしさま!みて!」
「・・・なんぞ」

洗い桶の中に何かを見つけたのか、水をすくい、吉継の元へと走って来ます。
そして縁側に座る吉継に、手を持ちあげ、嬉しそうに見せます。

「ほら、おはな、きれいねー!」

その手の中にあったのは、どこから飛んできたのか、井戸の中に浮かんでいたのか、小さな白い花でした。
ややこの小さな手の中でくるくると泳いでいます。

「ほんに、可愛らしい事よ」

吉継はややこの手の中から花を取り、眺めます。
ややこもまた、その花を眺め、楽しそうです。

「よしさまのおはなもきれいねー!」

二人で花を眺めていると、急にややこが言いました。
吉継はその言葉に驚きましたが、意味がわからずややこを見ます。
するとややこは、吉継の頬にそっと触れて笑いました。

「よしさまのからだにさいてる、しろいおはな!」
「主、まさか」

僅かに血の気の引いた吉継に、にこにこと笑いかけるややこ。
吉継の身体に現れている病の症状は酷いものです。
いくら幼いとはいえ、むしろ幼いからこそ、普通ならばややこは怯えたはずでしょう。
なのにこのややこは怯えるどころか、何も感じていないのです。

そして吉継は気付きました。
ややこが一度も、泣いたり怒ったりという負の感情を抱いた事が無いということに。

「主・・・泣けぬのか?」
「よしさま、なく・・・ってなあに?」

きょとんと首をかしげ、えへへと笑います。
そういえば、このややこが連れて来られ、目覚めた時もそうでした。
泣く事もなく、怯える事もなく、ただ、笑っていたのです。

「この戦乱の世に、皮肉な事よなァ・・・」

ややこの頭を撫でてやると、きゃっきゃと楽しそうに笑います。
その笑い声が何だか愛おしくて、今度は脇腹をくすぐります。

「よしさま!よしさま!くすぐったい!」

さらにきゃっきゃと笑い、吉継に抱き付きます。

「ヒヒッ!ほれほれ、笑え笑え」
「きゃあ!よしさま!あはは!よしさまもこちょこちょよ!」

抱き付いて来たややこを抱き上げ、またくすぐります。
きゃっきゃと笑いながら、ややこも吉継に負けじとくすぐり返します。

「ヒヒッ、まだまだよ、食らいやれ!」
「あはは!こちょこちょ!あはは!」

それからしばらく、吉継とややこの楽しそうな笑い声がお城に響いていました。

久しぶりに沢山笑った吉継、洗濯物を放ったまま、ややこと二人で縁側でくつろぎます。

「やれ、ややこよ、主は我を醜いと思うか?」
「みにくい・・・?」

ぽつりと吉継がつぶやいた言葉の意味がわからず、ややこは不思議そうに笑います。

「そうよなァ・・・我が、好きか?」
「よしさま?よしさますきー!」

にこにことややこは笑い、吉継にまた抱き付きました。
そんなややこを、吉継も抱き返します。

「・・・我の赤い肌も、白い膿も、主は好きと笑うなァ・・・」
「あかいのも、しろいのも、きれいよ!」

抱き付かれたまま、どっちもすきー!とややこは笑います。
その言葉を聞いた吉継は、ややこを、ぎゅうと強く強く抱き締めました。

「主は」
「うん!」

こんな、乱世の世の業の塊を
こんな、人の膿の塊のような我さえ
こんな毒だらけの膿さえも


「好きと申してくれるのか」





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