きっと10年くらい月日が流れたら、あの頃は楽しかったなぁと思い出すのだろう。1番つまらないのは心が何にも反応しなくなった時。哀しいのも辛いのも思い返せばあの頃は良かったなんて思い出になったりするのだ。

「ねぇ土方さん、近藤さん見なかった?」
「出掛けてる」
「…そう」

土方さんが目を合わせてくれないのは、きっと近藤さんがあの人の所へ向かったからだ。乙女にとって一番楽しい時間だと噂の片思い。昔からずっと抱き続けた思いも知らず、土方さんの吐き出す煙草の煙はわたしの目の前を白くゆらりと揺らめいて見せた。


世界は存外いじわるである、

とわたしはすでに知っている。



土方さんは煙草をくわえながら刀の手入れをしていた。太陽の光が温かい真選組の縁側にはふわりと優しい風が舞い込む。朝干した洗濯物が気持ち良さそうに揺れていた。

「隣、座ってもいいですか?」
「ああ」

煙草と太陽が香った。今朝咲いたばかりの小さなお花たちがくすくすと小さな笑い声をあげる。

「…お前も物好きだよなぁ」
「土方さんには言われたくないですねー」
「探せばもっと他にいるだろうにな」
「土方さんもね」

女の子って好きになる人を選ぶことできるのかしら?少なくともわたしは、自分でもコントロールのきかないこの心に困っている。今日も近藤さんはお妙さんに会いに行く為に鏡の前で身なりを整えて、不器用な人だからストーカーなんかと間違えられたりして、それでもめげずに頑張っているのだろうなぁ。

「…総悟がな」
「…うん」
「何て言うか、…地味に傷ついてるようだぞ」
「…そっか」

土方さんがじとっとこちらに視線を寄こした。わたしは肩をすくめて笑う。

「…直接言ってきたら、ちょっとは真剣に考えますよ」
「冷たい女だな」
「その気もないのに誘うような女よりいいと思うけどなぁ」
「…それもそうだな」

土方さんにしては珍しくちょっと困ったような優しい笑顔を見せた。悪かったなんて謝罪の言葉も落として。

「ふふ、いいえ…言いたいことは分かってますから」
「…」
「総悟くんこそ、探せばいくらでも良い子がいそうなんですけどね」

わたしだって、恋する乙女を何年かしてきたから、総悟くんがわたしをちょっと特別に思ってくれているのは知っていて、土方さんがミツバさんのこと好きだったのも知っていて、それから近藤さんがお妙さんのことすごく真剣に思っているのも見えてしまう。

「…けど、総悟くんのこと、あまり言える立場じゃないですよね」
「ん?」
「…なかなか思いを口にするのは難しいです」

難しいと言うか勇気がいる、のかな。
近藤さんはそういうの鈍感そうだ。現に今お妙さんへの思いに夢中でわたしのことなんて見えていないのだろう。もちろん昔から可愛がってもらってはいるけど、まるで自分の娘を可愛がるように頭を撫でられている。その度に嬉しくも泣いているわたしの胸、涙は少しずつ、でも確実に奥深くに蓄積されていった。

「…辛そうだな」

土方さんが煙草の火を消しながら言う。わたしが苦笑すると、無理すんなよと頭を撫でてくれた。近藤さんも土方さんも昔からよく頭を撫でてくれる。近藤さんはがしがしと、土方さんはぽんぽんと。どっちも好きだけど、安心できるのは土方さんで、

「…あんま言いたくねぇけど、そんなに辛いならいっそ諦めるのも手だぞ」

そう言って心配そうに顔を覗きこんだ土方さん。他人事として言ってるんじゃないっていうのはよく分かる。土方さんはミツバさんを愛した人だもの。わたしのこと、きっと気にかけて言ってくれたのね。でも、

「…うん、でも、まだ諦めるには早いかな」
「…そっか」
「…ねぇ、土方さん」
「ん?」
「ミツバさんのこと、もう忘れた?」

そう問うと土方さんはちょっとだけ目を見開いて、もしかしたら怒らせたかなと少し心配するけど、それはきっと今でもミツバさんのこと振りきれていないからで、それはとっても優しいもので、そして、

「…さぁ、どうだか」

そう言った土方さんはすごく優しい顔をしていたと思う。

「そっか」

結果的にとても悲しい結末だった土方さんの恋は、でも、

「…でもさ、土方さん」
「なんだ?」
「ミツバさんのこと好きになったこと、後悔してないでしょ?」
「…」

土方さんは何も言わないけど、そんなの当たり前だと言わんばかりに笑顔は優しく、太陽は温かく、煙草の香りは風に流れた。

「わたしも、土方さんみたいな恋愛したいよ」
「…もうしてるだろ」
「ふふ、そっかな?」

そうだと嬉しいな。
また頭をぽんぽんしてもらって、わたしは立ち上がった。

「ありがとう、土方さん」
「…適当に頑張れな」

優しい時間を残して土方さんは軽く手を上げる。わたしは手を振って歩き出した。緩やかに過ぎてく時間はとても柔らかく甘い痛みを呑みこんでいく。わたしはいつでも優しさの中で泣いていた。なんて贅沢で我儘なんだろう。わたしは幸せ者のはず。
ふわりふわりと沈んでいきそうになる心を必死で持ち上げて、さっき土方さんに撫でてもらった頭の感覚を必死で手繰り寄せた。零れるな涙。今近藤さんが何をしているのか頭がそればっかりを追いかける。

ざり、ざり、

「…ん」

小さく響く足音に顔を上げる。

「あ、総悟くん」
「おー」

見ればアイマスクの目ん玉がこっちをじっと見つめてきた。わたしは笑みを顔にのせ、

「おさぼり?」
「まぁそんなとこでさァ、お前は?」
「わたしは…」

言いかけたときに見えた、

「あっ」

泥や葉っぱや青あざや血、いろんなのものに塗れて帰ってきた、

「近藤さん!」

お妙さんに会いに行った後はけっこうな確立でこうなって帰ってくることが多くて、

「総悟くん、わたし近藤さんの手当てしてくるね!また後で!」
「…」

走り出したわたしの背中に絡みつく太陽と淡くも優しい視線。気にしないようにして走る。まだ諦めるのは早いと走る。ちょっとでもいいから、彼の脳内にわたしを刻んでっ…


別れも1つの方法だとすれば


言ってみても彼女は悲しそうに俯くだけだろう。総悟が彼女を見つめるとき、彼女が近藤さんを見つめるとき、きっと優しくも残酷な痛みが舞う。それが分かってしまう俺にもきっと痛みはあって、それでも幸せだったと、良かったと言える日が彼らにもくるだろうと静かに目を瞑った。きっと、このまま続けることもひとつの方法なのだろう。世界は存外いじわるである。





企画『13番目の憂鬱』さまに提出
20110523