気のせいかと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。さっちゃんにバレないよう取り繕ってはいるけれど、怪しまれているからそろそろ隠せないと思う。筆箱の中身がなくなったり、席を離した内にノートや教科書がゴミ箱に捨てられていたり。さすがにお財布は盗らなかったみたいだけれど、私物がなくなったり捨てられていることが増えた。 それから、授業中消しゴムのカスが飛んできたり、じろじろ見られたり笑われたり。 小学生の時似たような状況にいたから、当時のことを思い出して少し体が震えた。でも今回はさっちゃんがいてくれるし、大丈夫だと願いたい。高校生だし、さすがに漫画のように酷いことはしない…はず。 閉じ込めたられたり、転ばされたりしないように神経を尖らせているから1分が1時間のように感じる。 「あれ、なまえジャージは?」 「…忘れちゃった」 「例え月末とはいえまだ4月だよ!?誰かに借りて来なよ、今日運動場だし」 「で、でも…」 「…よし、私に任せな!」 ジャージ姿で笑うさっちゃんとは反対に、半ズボンに半袖シャツで不安そうな私。実際不安だし寒くて顔色が悪くなっているだけだけど、悟られないようにしないといけない。 早く着替え終わったからとさっちゃんに引っ張られ、貸してもらえる当てがあるような口ぶりで廊下を自信満々に進んで行く。 だけどその方向は3年生の教室の方向で、学年の違う私達は一気に目線が集まった。 居心地が悪くてずっと下を向いていたら、ついた!と元気に立ち止まったさっちゃんの言葉に顔を上げた。 「岩泉せんぱーい!」 「えっさっちゃん!?」 さっちゃんの口から出た名前に驚いてさっちゃんに問いかけると、大丈夫大丈夫と微笑まれた。大丈夫じゃないと思ってしまうのは私だけなのかな。 教室にいた岩泉先輩と目が合い、お揃いた顔をしてこちらへ向かってきた。そして、一緒にいたらしい及川先輩とも目が合ってしまった。 岩泉先輩より驚いた顔をした及川さんは私をじっと見てから、はっとしたように岩泉先輩と一緒にこちらへ駆け寄ってきた。 「どうしたんだ」 「先輩、次の時間って体育ありますか?」 「いやねーけど」 「先輩のクラスで、なまえに体格が近い先輩から上のジャージって貸していただけませんか?」 「ジャージ?…そういやなんでみょうじ半袖なんだ、寒くねーのか」 「あはは…」 正直なことを言うことはできず、誤魔化すように笑うと岩泉先輩はまぁ忘れることはよくわるよなと大らかに笑ってくれた。 クラスの女子に聞くには及川の方が、と岩泉先輩が振り向いたすぐそこに及川先輩は立っていた。 少しだけ様子がおかしくて、少し目を見開いて私をずっと見ている。最初に目が合った時と同じ。 「及川先輩?」 「……俺の貸してあげる」 「えっ?」 明らかに体のサイズが違う及川さんのジャージが渡されることになって、私は慌てて講義しようとした。 それは岩泉先輩も同じだったようで、どう見ても体格が違うと私の考えていた言葉を言ってくださった。 でもさっちゃんは何も言わないで、何かを考えているようだった。 及川さんは私達の抗議を聞かず、無理矢理私の頭に及川さんのジャージを被せた。視界が暗くなって手を動かすといつの間にか着せられていたようで、それをいろんな人が見たのかと思うとカッと顔が熱くなった。 恥ずかしくて及川さんの顔を見れなくて、いろいろ言いたいことはあったはずなのに羞恥心でどこかへ行ってしまっていた。 必死に声を絞り出して、ありがとうございますと言った。 ジャージからふわっと香る及川さんの匂いに、どんどん羞恥心が集まっていく。 優しくて安心する、及川さんの匂い。そう考えたところでまた恥ずかしくなって、自分の顔が林檎みたいになっているのではないかと思うほど頬は熱かった。 「あ、早く行かないと始まるよなまえ」 「えっ?ほ、ほんとだ!」 「先輩方、ありがとうございました!」 「なまえちゃん、別に洗って返さなくていいからね」 「及川さ、それは…」 「じゃあ授業終わって着替えたら返しにきまーす!!」 さっちゃんに強く腕を引かれ、どんどん教室から離れていく。有無を言わさず引かれ、足がもつれだしてしまって前を向かざるを得なくなった。 さすがに洗って返さないと、と抗議したら午後に体育あるかもよ?と言われ口を閉じることしかできなくなった。 ファブリーズ持ってないと溢すと、持ち歩いてたらすごいわよと返される。 確かにそうだけど、そうだけど! 予想よりぶかぶかしていて、袖から手は出ずハーフパンツはほぼ隠れてしまった。 これはもう、先生にジャージを忘れたことがすぐバレてしまうなぁ…。 心の中でため息をついた時、さっちゃんが急に足を止めた。慌てて足を止めると、さっちゃんは窓からどこか一点を見つめている。 何を見ているのか気になり、覗こうと身を乗り出した時すぐ引っ張られて見ることは敵わなかった。 「さっちゃん?」 「…ごめん、先行っててもらっていい?忘れ物した」 「一緒に行くよ?」 「ううん、遅れたら嫌だから先行って」 でも、と言う前にさっちゃんは微笑んで私の背中を押した。あんた足遅いしと言われてしまっては何も言えず、申し訳なく思いながら先に行く旨を伝えた。 心配そうにしていたらでこぴんをされてしまった。ちょっと痛い。 私が行かないとさっちゃんは動くことはなさそうだったから、私は数回振り返りつつ運動場へ走った。 長い袖を捲り、丈をどうにかしようとしたけれどどうすることもできなかったから諦めて靴を履きかえた。 さっちゃんが授業に来たのは、授業が始まって20分くらい経ってからのことだった。 そして授業が終わった後、さっちゃんはジャージ私のロッカーに入っていたよと私のジャージを手渡してくれた。 でも、私とさっちゃんのロッカーは離れていたはずなのになんで入っていたんだろう? 何を取りに行ったのか聞いても、さっちゃんは話してくれなかった。 :)15.03.17 |