「ねぇなまえちゃん、サーブ打ってみてよ」 「サーブ…ですか?」 いつものように練習前にボールを借りてレシーブの練習をしていると、及川さんはにっこりと笑って私にボールを託した。岩泉先輩はまぁやってみろよといったような視線で私を見ていて、戸惑いながら私はボールを受け取る。 サーブ、と聞いて思い浮かんだのは及川さんの強烈なサーブ。殺人サーブとも言われているあれを思い出し、私は慌てて首を横に振った。あんなの、できない。 「普通にボール当てるだけでいいんだよなまえちゃん!ね!ちょっとなまえちゃんのサーブ見たい!」 楽しそうな及川さんの笑顔に言いくるめられ、私はもう一度ボールをしっかり持ち直した。部活中で見ているサーブを思い出しながら、体育館の端に移動した。ここから皆は向こうのコート側に打っている。それで、コートの線の外に打っちゃう人もいて、ボールは当然のようにネットの上を越えていく。 及川さんがよくやるボールを数回ドリブルするという行動はせずに、私はボールを軽く上に投げて、スイング。でも腕にボールの感触はしなくて、空振りしたことに気づいた。恥ずかしくて逃げ出したくなった。 「どんまいどんまいなまえちゃん!」 「うう…」 今すぐボールをどこかに投げて逃げ出したい。もう一度、とパスされたボールを受け取り、落ち着くように深呼吸。少し飛雄ちゃんとの記憶を思い出した。へたくそ、と脳内で飛雄ちゃんの声が響いて眉を寄せた。 少しだけ頭を振って飛雄ちゃんのことを考えないようにした。ボールを見て、今度は投げたのか投げてないのかくらい小さく投げ、手に当てる。きちんとボールの音が聞こえて、力強く投げれたことに感動した。…が、ボールはネットを超えるどころかネットの手前で落ちた。目をぱちくりとさせた及川さんと目が合った。 「みょうじまた空振りか?まぁ素人だし…」 「いや…岩ちゃん、なまえちゃん一応全力だった」 「え」 少しだけ離れた場所で交わされる会話にどんどん恥ずかしくなって、私は急いで投げたボールを広い集めてカゴに入れた。逃げるように準備します!と言って及川さんの横を過ぎようとしたら、手首を掴まれて視線が合う。 「かわいー!!」 「うわあああ!!」 手首を離されたかと思うと急に抱きつかれて思わず声を上げた。抱き着かれてそのまま抱き上げられ、足がつかなくなる。現状に頭がついていけなくて、ひたすら及川さんの名前を呼ぶ行為を続けたけれどとぎれとぎれで及川さんには届かない。 「ネット超えないだろうなって思ってたけど届かないとは思わなかった!」 「お、いかわ、さ、あの、」 「なまえちゃん力ないね!」 「あの、」 「いつもドリンクの籠重たそうにしてたけど大変だったね及川さんが次から手伝ってあげよう!」 貶されているのか慰められているのか。がっしり抱きしめられて身動きが取れず、デジャブを感じた。前にこんなことがあって、前は国見くんが止めてくれた。今日は確か掃除で残っていたはず。前みたいにぐるぐる回転していないことに感謝していると、及川さんの背後で少し離れた場所に岩泉先輩がボール片手に鬼のような形相をしていた。いつものように罵声を投げると同時にバレーボールが及川さんの背中に直撃した。 岩泉さんのおかげで私は降ろされたけれど、再びぎゅうぎゅうと抱きつかれて体力ゲージがなくなりそうだと感じた。 「いやー女子って力ない振りして結構あるじゃん?俺の前ではないふりするけど」 「そんなことないと思いますけど…」 「なまえちゃんかわいい」 耳元で囁かれ、なぜかどんどん顔が熱くなっていく。変に心臓が動いていて、このまま抱きしめられていたら壊れてしまいそうだと感じた。なんでこんなにドキドキするんだろう。まるで私、及川さんに恋してるみたい。 岩泉先輩がもう一度及川さんにボールを投げつけ、やっと準備をすることになった。離れていった及川さんの背中を見つめながら、まだドキドキしている胸に手を置いた。顔が熱くて、及川さんの声が頭から消えない。 どうしたら、いいんだろう。 :)14.09.28 |