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 青白く不健康そうな、それでも滑らかな頬に一粒の涙が滑り降りた。

 要は最初、自分の頬を流れる水滴が涙だとは気付かなかった。…もしかしたら否定したかったのかもしれない。
 しんしんとした黒の葬送。すん、と鼻をすする音。お経を唱える住職の厳かな声音。一定の間隔で響く柔らかな木魚の音。
 父の葬式には多くの人が集まった。生前から明るい性格で人付き合いも良かった父は多くの人から慕われていたらしかった。それは咽喉の奥を鳴らして、幽かな声さえもハンカチで押さえている周りの様子から窺える。皆、父の最期を目に焼き付けようとただ粛々と悲しんでいた。


 世の中には様々な性癖を持った者がいる。同性愛者など良い例だろう。その中の一つ、無性愛者というものをご存知だろうか。
 無性愛者とは恋愛感情を抱かない人物を指す。要がそれに当てはまることを知ったのは今から約二年前、中学三年の時だった。偶然にその単語を知り、それはすとん、と要の懐へと入った。確かに生まれてこの方、恋愛感情を抱いたことはない。女子は確かに異性だと意識しているし、可愛いと思ったりはするがどうしても周りがいう感情を抱くことはない。ひそりひそりとしとやかに交わされる誰が好きだのという年相応の会話についていけなかった。それよりも、友人にさえ深い友愛を抱くことが出来なかった。そんな自分を欠陥品だと思うのは当然のことだろう。寧ろ必然と言えた。
 友人など所詮は人生の一部だ。通り過ぎていく、過程の一欠片に過ぎない。(まあどうやら一般論とは少し異なっているようだが。)だから、要にはいざという時に切り捨てられるという自負がある。高校に入って、訳あって転校を考えた際に友人に相談したろころ、突然いなくなるのは…という意見を友人の一人は口にした。何をそう躊躇う必要があるだろうか。高校を卒業したらいずれは会うことはないのだ。進路さえ違うのだから進む大学も違う。大学へ進学して、就職して。決して交わらぬ未来はすぐそこだ。それに今まで過ごしたからといって、何の感慨があろうか。要には分からなかった。どうして、そんなことが考え浮かぶのか。交わらぬ未来だからこそ、と思うのかもしれないがそれを考えれば考えるほど謎だった。すぐに潰えるものなのに。いま切ろうと数年先に切ろうとさして変わらないだろうに。
 周りは赤子を可愛いと言う。幼子を可愛いと言う。要はそれをおかしいと思った。ただ泣いて喚いて欲求を満たそうとするだけの存在に嫌悪以外の感情を抱けない。要には理解出来ないことが多かった。
 要は無性愛者だ。恋愛感情どころか、友愛さえも愛情さえも存分に育めない自分が憎かった。決して腹立たしくなどなかったが、ただひたすらに持つ念は憎悪だった。無性愛者だというその事実がひたひたと要を苦しめる。
 それは、じわりじわりと。その白い首筋に細く長い指がかけられ……ただ静かに、隠密に。まるで毒の染みた綿を当てられているかのように。


 無性愛者だと理解して唐突に全てのことに納得をした。だが、〈普通〉を持つ者には決して理解はできないだろう。相談したろころで、自分と他人との差が浮き彫りになるだけだ。そんなの惨めになるだけに決まっている。分かりきったことを行動に移すほど要は愚かではなかった。



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