Aの憂鬱、bの純情9


なにが、いやらしい事をする前に、だ。

興醒めもいいトコ。
本当に変な子…


あのまま口付けて、なし崩しに童貞を頂くつもりだったアラウディは呆れかえっていた。
向かい側では、ボスが少し安心した様子で、黙ってワイングラスを傾けている。

どうも調子が狂うというか、間を外させるというか。
天然なんだろうがジョットの分際でなかなか生意気である。

だが、急いても仕様がない。
時間はある。

澄ましたジョットの顔をどんな風に恥辱に歪ませてやるか…アラウディ自身の手腕にかかっているのだ。

一見優雅に、しかし高圧的に。

せっかくの面白い仕事だ、楽しまなくては。
今までのジョットを見ていると簡単に自分に堕ちるに違いない。
引き受けた時はまさかここまでまっさらなヤツだとは思わなかったが…


「きみにワインの趣味を言った覚えはないんだけどね」
「…そうだな。俺が勝手に聞いていたんだ。誰かが、おまえに酒をすすめていた」

ああ、あの時のこと。

どの時のことかすぐに分かったのは仕事終わりの酒の席に誘われてもアラウディが応じるのは稀だったからだ。

ナックルが相変わらずの馴れ馴れしさですすめた酒から自国産のものを一本選び取った時(それは明かさなかったが)、ジョットも居るには居た。
自分に注意を払っているとは少しも知らなかったけれど。
席が離れていたし、ナックルにも「悪くない」としか言わなかった。


「光栄だね。ボスに覚えていてもらえるなんて」
「そ……そうか……?」
「ペースはやいね」
「ん?ああ…」

こいつ、酔った勢いでいこうとしてるな…。

というか意外にもジョットはザルだ。
結構なスピードでお代わりしているのに、全く表情に変化がない。
落ち着かない視線はやはりアラウディからそれたままだ。

片やアラウディはそろそろ頬が桜色に染まり、ちょっと熱くなってきた。


なんか、…ムカつくね

アラウディの瞳がすうっと細められる。

「ジョット。ひとつ答えて貰えるかな」

物静かだが棘を含んだ声にジョットの手が止まる。

なにか!俺は失敗したのか!?
そんな不安げな色が鮮やかなオレンジの瞳にサッと走る。

「きみがあまり僕の目を見ないのはなぜ?」

「……」

ジョットは答えに詰まっている。
端正な顔が、自分のちょっとした一言に緊張したり困ったりするのは気分がいい。
アラウディは冷たい声は変えずに続けた。

「僕の顔が好みと言ってたけど、顔だけかい?」
「……いや、…あの、」

叱られた子供のように答えに窮するジョットは、何かを言いだしかけ、途中で諦めた。

「本当は苦手だろ。僕が」


彼は、さっきから何か言いたそうにしては、話をそらしていたような。

責めているような口振りで実のところアラウディは愉しんでいた。
ジョットの不思議な二面性が興味深いのだ。

街を優雅に歩き、厳かな容姿で人々の憧憬を集める存在のくせに、1対1で自分と向かい合ってる時の所在ないことといったら。
オーラの欠片もない。

「じゃあゲームをしよう」

ベッドに肘をついて、アラウディは右手を差し出す。

「ゲームとはなんだ…?」
「腕相撲だよ」
「??」
「いいから手貸して。負けたら、正直に僕の質問に答えなよね」

なぜ突然アラウディがそんな事を言い出したのかジョットには分からない。
分からないながら、アラウディは別に怒っては居ないのかもしれない、と素直にその勝負に応じた。

しっとりとした手を握り合い、向かい合う。

手の大きさは一緒くらい。
ジョットのそれは、とてもあたたかい。
アラウディのものより少し節が目立つがほっそりとした指先だ。

「3、2、1、で始めるよ」
「ああ」

華奢なアラウディだが、ちからには自信がある。
自らの力のみを頼りにあちらこちらで諜報活動を行う仕事についていたのだ。
ボスと言えどもただの細身の青年が適うはずもない。

「3 2 1、」

勝負開始。
くっとお互いちからを込める。

「なあ、アラウディ」
「なんだい」
「俺が勝った場合は、おまえはなにか俺に教えてくれるのか?」

僕に勝ったら?
アラウディはくすりと笑いそうになった。

淡々と聞いてくるジョットは遠慮がちで、たいして力を入れているようではない。
が、

「…、……!?」

こてん。とベッドに倒されているのはアラウディの右腕だった。

それはあまりにあっさりと起こってアラウディは自分の負けにすぐに気がつかなかったほどだ。

「……」
「どうした?」

ジョットは腕相撲の勝負など始めからなかったような、キョトンとした顔でアラウディを見つめている。

「忘れていた……僕の利き腕は左腕だよ」
「そうか」

全くの無表情でアラウディが告げるとジョットはまた素直に左腕を組んできた。

今度は油断しないでおこう。
アラウディは気を取り直す。


だが結果は同じだった。

表情は殺しつつ万力のような力を込めてジョットを倒そうとしても、ビクともしない。

アラウディの左腕がふるふる震えてるのを見下ろしながら、ジョットはゆっくりと造作もなく、それをベッドにねじ伏せる。

「………」
「…………」
「…もう一回いいかい?」
「ああ」

さっさと筆下ろしをすればいいのに、アラウディはもともとのプライドの高さが災いして意地になってしまっていた。




***







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