Aの憂鬱、bの純情8
G!G!どうしたらいい!?緊急事態だ!
ジョットはアラウディの腕の中、息を止めたままでパニックを起こしていた。
心の準備もなしに、こんな死地に俺を放り込むなんて…!
どうせやるなら早く言っておけというのに!
それならば最低限の対策くらい(俺なりに)練っておくものを!!
「からだ、かたいよ」
からかうような声が降ってきた。
髪に感じるのはアラウディの手だ。
ジョットを慈しむようにゆるゆる頭を撫でている。
「…なんで息止めてるの。ちから抜いてごらん。気持ちを楽に」
「う…」
「取って喰うなんてしないから安心して任せなよ。ね?」
素っ気ないアラウディがいたわるような言葉をくれるのはGからの依頼達成のためなのか、それとも純粋に自分を励まそうとして…?
いつも冴え渡る己の直感はアラウディを前にする必ずといっていいほど竦む。
「男の子だろ?」
戸惑うジョットの頬を両手で包んできて、額と額がくっついた。
近い。
優しいのか?
こいつは、まさか……本当は…優しいというのか?
さっきまではあんなに冷たく硝子玉の瞳で品定めするように見下ろしてきたのに、Gがいなくなった途端に急に態度が和らいでいる。
もしかしたら、アラウディは恥ずかしがり屋で守護者が揃っていると冷酷な振る舞いをしてしまうのではないだろうか。
アラウディのあの静かな水色の眼差しに間近で射抜かれ、ジョットは完全に魅入られていた。
神が世界にひとつだけ、丹念に拵えた美しいものがあったとしたらそれはきっとアラウディに違いない。とさえ思った。
まるでキスをせがむような少し開いた桃色のくちびるが物言いたげに蠢く。
ゆっくりそれが近付いてきて触れ合いそうになる。
…キス!?
やばい鼻血が出そうだ。
あたまにどんどん熱が集まる。
真っ赤に染まる顔を恥じる余裕もない。
「アラウディ…」
「なに、ジョット」
「おまえは、なんて…――」
綺麗なんだ、と言いかけてジョットは、はた、と熱に浮かされる自分に気付いた。
綺麗だなんて陳腐な言葉、アラウディに告げてどうなる。
そんなもの掃いて捨てるくらい、とっくに聞き飽きているはずだ。
だから。
「ゆ」
「?」
「湯浴みをしてからにしないか、いやらしい事をする前に」
ムチッ
「ひぎ、っ!?いひゃいいひゃいっひっぱりゅな!!」
「なんだろうねこのボスは何だか今すぐ始末してやりたいよ」
優しく頬に触れていたアラウディの指先が容赦なくジョットの両方のほっぺを抓り上げる。
「往生際の悪い……!いいかい、湯浴みは許可しない。きみはありのままの雄のにおいを僕に晒すんだ。恥ずかしいきみのにおいをたっぷり楽しんであげるよ」
「なんて鬼畜なんだおまえは!」
結局アラウディに叩きつけたのは180度ちがう言葉である。
「じゃあ、じゃあせめて…」
ジョットがほっぺを抓られたまま指差した先にはワインが数本並んでいた。
「……」
Gが手配したものだろうか。
「…この前の会合でおまえが好きだと言っていたものが、あるんだ。…いつか一緒に飲める日がきた時にと思って……なんとなく……」
「……」
ぱ、と手を放されてジョットは頬をさすった。
「ワインを飲む、って選択は悪くない。決して」
ジョットは気付かなかったが僅かに機嫌を直したアラウディ。
「そ…そうだろ、」
そして何もしていないのに早くも息切れ気味のジョット。
Gは執務室の扉に張り付きながら寿命の縮まる想いで祈り続けていたが勿論、当のふたりはそれを知らないのであった――――
***
2012.4.5