Aの憂鬱、bの純情4
事の発端は、数年前に遡る。
「それ」は、不意に真横を過ぎていった。
ふわりと涼やかな香りが鼻を掠め、ジョットの視線は吸い寄せられるように「それ」に向く。
同じ年頃の少女だった。
擦れ違い様にぱちりと目があう。
驚くほど澄んだ碧色の瞳。
深い森の奥にある湖のような、どこまでも透明な、碧。
「………」
長く感じた、たった一瞬に彼女は少しくちびるを微笑ませたかに見えた。
柔らかそうな金髪に白い肌。
華奢な仕立てのブラウスは、あれは都会のものだろうか?
この下町では見ない洗練されたつくりだ。
連れ立って歩いていたGが数歩先で、ようやくジョットがついて来ていないのに気付いた。
振り返ったままぼんやりしているジョットの元に戻り、コツンと後頭部を小突く。
「ジョット、どーした?なに見てんだよ?」
「今の女性は…」
「あ゛?」
「…ものすごい美人だったぞG!!」
「は………?!」
子供の頃から、超・超・奥手で女性とはとんと縁のなかった幼なじみが突然、瞳を輝かせたのだから、Gが目を点にしても可笑しくはない。
「こ…―――声をかけてくる!」
「待て!落ち着けって。らしくねーぞお前!もうすぐナックルと会う約束してたろうが」
「ちょ、はなせG。これはきっと運命なんだ!後で、行く、から!」
「いやいやせっかく紹介したい仲間がいるって奴が言ってんだからそりゃねーだろ」
ジョットのサスペンダーをグイグイ引っ張るGと、必死に前進しようとするジョット…
この細っこい体躯のどこにこれほどの力があるのか。
普段の大人しい彼から想像できぬのぼせ上がりっぷりだ。
「お前たち何をしてるんだ?究極に面白い見せ物だな!」
街ゆく人々が幾人か立ち止まり眺め始めた頃、聞き慣れた声がした。
ナックルだった。
待ち合わせ場所に向かおうとしていたのだろう。
「おう。オラ、もう諦めろジョット」
ぺちっ、とそのあたまを叩き、ふとジョットの顔が凍り付いているのに気がついた。
視線はナックル…を通り過ぎて背後に立っている金色の髪が美しい人物に注がれている。
「?」
「紹介しよう。こいつが今日、紹介するといった男だ!名前はアラウディ。究極にひ弱そうだが、こう見えて腕っ節は一流なのだぞ!」
ワハハと楽しそうなナックルは親しげにアラウディの肩を抱き、脇腹に痛烈な肘鉄を喰らって悶絶している。
「おとこ………………………」
「そんな、………馬鹿な…………」
小声で唖然と呟くジョットにピンときた。
たった今紹介されたこの少年こそジョットの目を引いた「美少女」だと。
ぷっ、と思わず顔を背けて吹き出してしまった。
「やぁ。…初めまして…とでも言えばいいのかな」
涼しげな顔立ちでジョットを見る瞳はやはり綺麗な碧色。
よく見れば、可憐なブラウスの胸元は少しもふっくらとしていないし、スラリとした脚はスカートではなくズボンを穿いている。
言葉を失ったままジョットは一目惚れした唯一の相手が「男」である事実に無表情で打ちのめされていた………。
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2012.3.31