星を植えるひと




「星を見に行こうか」

そうにこやかに告げる羊は、優しい眼をしていた。

夏が終わりを告げるのはいつだろう。

夕方の日陰は涼しくて、滲む汗が引いていく。

そっと空を見上げると、トンボが真っ直ぐに飛んでいった。

「羊、トンボだよ」

「あ、ほんとだ!…ねえ、日本ではトンボは秋の虫なんだよね?」

「んー…どうかな。夏にもいるよ」

「へえ、そうなんだ。まだ夏かな?」

「…どうだろうねぇ」

曖昧に返す言葉に、羊は煮えきらないのか唇を尖らせた。

「もう、どっちなのさ」

「季節は確かに変わるけど、変わり目はわからないんだよ、羊」

酷く曖昧な季節の間の、ほんの僅かな時間。

気が付いたら夏が過ぎていた、なんてことはもう何度も経験している。

蝉の声はいつの間にか聞こえなくなって、

汗はいつの間にか引いて、

入道雲はいつの間にか鱗雲へと形を変える。

受け止めきれない程の季節の変化に、私はどうしても寂しさを感じるのだ。

「…、なまえ?」

「あ、ごめん。星、今日はどこでみようか」

「そうだね…うん、今日は屋上で見よう?寝転んで星をみたい気分!」

わくわくした羊が可愛くて、一瞬の寂しさはどこかへいってしまった…。



「…ね、なまえ。僕の指を見てて?」

目の前いっぱいに広がる星空の中に、羊の白い手が映る。

その指先を居っていくと、地平線の近くに夏の星座の名残が見えた。

「なまえ、さっき言ってたよね。季節の変わり目はわからない、って」

「ん、そだね…」

優しい羊の声が心地いい。

「…なら、僕が季節の案内人になってあげる」

「…案内人?」

こてん、と首を羊の方へ向ける。

緩い笑みを作る羊は、頬っぺたが少しだけ朱色に染まっていた。

「うん。僕がこの星座たちと一緒に、なまえに季節を教えてあげる」

「…なんで?」

「なまえが、気がつかないうちに季節が行ってしまわないようにだよ」

桜色の爪が、空に弧を描く。

「季節とゆっくりお別れをしながら、新しい季節に挨拶をするんだ。素敵だと思わない?」

赤毛がさらりとこぼれ落ちて、また星空を見上げる羊。

その眼は空の向こう、宇宙を見つめる眼であったはずなのに。

私と一緒に、空を見据えてくれている。

「…素敵だね…」

「でしょう?じゃあ、季節の案内を始めようか。あそこにある星座がなにかわかる?」

甘くて優しい声音が、私の耳をくすぐっていく。

羊が指差すたびに星がきらきら光って、星空がどんどん眩しくなる。

六等星すら眩しく見えるような気がして、私は思わず目を閉じた。


01. 星を植えるひと

私の心にすら、星の光を植え付けてくれる。



0902
リハビリ作。







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