BananaWednesuday




声をかけると、何だよ、と面倒臭げに漏らす。

じっとりと暑いくて湿気の多い夏の午後。

いっそ雨が降るかカラッと晴れるかどちらかにしてくれればいいものを。

「…なんだ、って聞いてんだ」

「あ、ごめん」

「はあ?」

「ごめんって。ぼーっとしてた」

軽く手を振ってこたえると、わけがわからないとばかりに溜息をつかれた。

時計は午後3時をまわったところ。

先ほどお昼を食べはしたけれど、少し時間が早すぎたようだ。

蘭丸がお腹が空いた顔をしている。

普段よりも二割増しの眉間のシワ。

眉間のシワというとどこかのおはやっほーを思い出すけれど、蘭丸のシワのほうがまだ浅い。

「…で?」

「ああ、お腹すいてるのかなって」

「…別に空いてなんか、」

きゅるる。

なんというか、小説というか漫画みたいだ。

小さく鳴った腹の虫は確かに彼のもので、ばつが悪そうに顔を背ける姿は…なんだか最近、よく見ている気がする。

女は近寄るな、なんて言っていた頃が嘘のようだ。

一言でいえば一目惚れであり、お弁当を理由に仲良くなった。

食べ物に始まり食べ物なしでは語れないこの関係。

嬉しいんだか空しいんだかわからない。

「…おやつでもあんのか」

「えーっと、今日はプリンとクッキーとー…ああ、あとアイス」

「アイスからだ」

「全部食べるんだね…」

目を心なしか輝かせて、ソーダ味のアイスの袋を破るときなど期待に満ち溢れた顔をしている。

蘭丸のことを何も知らない人から見たらただの無表情なのだろうけれど、私にはちゃんとわかる。

伊達に蘭丸のおやつ係をやっているわけではない。

…おやつ係からいつか、別な関係になれたらなあ、なんて思うのは高望みだろうか。

幸せそうにアイスをかじる蘭丸は、知る由もないんだろうなあ。

一人なけなしの乙女心を稼働させていると、ふと蘭丸が顔をあげた。

「ん、どしたの?」

「なまえは食わねぇのか?」

「ああ、私はいいよ。これ全部蘭丸のだし」

コンビニの袋を軽く持ち上げると、フーン、と無関心そうな声。

もさもさとおやつを口にする蘭丸の傍らで、カバンに入れていた事務作業の書類を広げた。

休憩時間とはいえど、進めておいたほうが後で気が楽だ。

真面目、勤勉と言われることもあり、その信用を崩すわけにもいかない。

甘い匂いが漂う部屋はクーラーが効いており、たったガラス一枚挟んだ向こう側の暑さなど微塵も感じられなかった。

書面にインクをすらすら奔らせていくと、周りの音がわからなくなるほどに集中してしまう。

だから、蘭丸が声をかけてきても、しばらくは気が付かなかった。

じれったくなったのか肩を揺すられてようやく気付く。

「うおっ」

「ん」

「ん?」

パッと蘭丸のほうを振り向けば、突き出されるクッキー。

ふわふわ甘い匂いがして、粉っぽそうな表面には白く粉砂糖が浮いていた。

「くれるの?」

「…おう」

「ありがとー」

ペンを持つ手はそのままに、蘭丸の手から直接口にする。

瞬間、蘭丸の爪を少々噛んでしまった。

「っ、はいほうふ?」

クッキーを咥えたままでは上手く喋れずに、なんとか大丈夫?と聞く。

当の本人は、と言えば、噛まれた手を押さえて顔を真っ赤にしていた。

慌ててクッキーを飲み込んで、怒らせたのかと思って謝った。

「ごめん!」

本日何度目かの謝罪。

「…お前な」

「はひ…」

「…俺の指まで食う気か?」

「決してそんなことはありません…」

「…俺以外にやるんじゃねぇぞ」

へっ、と。

そう聞き返す前に扉が閉まって、ビニールに包まれたプラゴミと私だけが取り残された。

しばらくぐるぐる考えて、じわじわのぼってくる熱さに頭を抱え込む。

言い逃げなんて、ずるいにも程がある。

…おやつ係脱却の日は、近そうだ。


バナナウェンズデー

鈍足に進む恋に、エールを。



0802








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