Chocolate Monday
むっつりとした顔で頬杖をついて、窓の外を眺めるなまえ。
こうさせてしまったのはこちらだけれど、目の前に僕がいるのにこの態度はいただけない。
「…いつまでそうやって拗ねてるつもり?」
「藍が諦めて帰るまでよ」
相変わらず不機嫌そうだ。
飲みかけのカフェオレのグラスに結露した水が落ちる。
ゆっくりとテーブルを濡らすそれを見ながら、また口を開いた。
「残念だけど僕は帰る気なんて更々無いよ。そっちこそ諦めたら?」
「絶対、い・や!」
あくまでも視線は合わせずに、それでも口調は強調して。
こうなるとテコでも動かない。
今までのデータで、それはよくわかっている。
そもそも、僕がいけなかった。
たまには息抜きにカフェにでも行かないかと誘われて、応じたのはこちらだ。
確かに息抜きは欲しかったし、何よりなまえからの誘いだったから。
しかし、来る前になまえが作詞を手掛けた曲を聞いて、気になる点がいくつかデータとして頭に入ってしまった。
こうなれば、面と向かってしまえば指摘をしてしまうのは僕の性格上、仕方のないこととも言える。
でも、せっかくの休みに気を使って羽を伸ばさせようとしてくれた彼女にとっては、
僕の行動は機嫌を損ねてしまうには十分すぎる要素を含んでいた。
結果は冒頭の通り。
…と反省しながらも、僕の口からでるのは毒舌と言われる言葉ばかりだった。
「…藍はさぁ」
「なに?」
「私とこうして息抜きなんて嫌だったの?」
自嘲するかのような笑いを含みながら言う。
誘った自分がアホらしい、とでも言うように。
「だからわざわざ私の悪口を準備してきてくれたわけ?」
「ちがうよ、僕はただ…」
「違わないでしょ!」
少し声を荒げたが、店内なのを考慮しているのかすぐに声を落とした。
どう話しても、何をやっても裏目に出る。
どうして人間はこうも難しいのだろう。
大きなため息と共に、残ったカフェオレを飲み干して、なまえは席を立った。
「僕が諦めるまで帰らないんじゃなかったの?」
「気が変わった。…これ以上喧嘩しててもお店に迷惑よ。私は帰るわ」
勘定してくから。
そう言い残して僕の横を通り過ぎる。
喧嘩していると言うのに、勘定の押し付けなんてしないのは、きっと自分から誘った責任感があるからだ。
こんなつもりじゃなかったのに、とでも思っているのだろうか。
カランカラン、とドアベルが音をたてた。
あくまでゆっくりと席をたって、自分もそのあとに続く。
外の空気はむっとしていて、たくさんの人の熱気に飲まれそうだった。
そのなかに消えようとしているなまえを、後ろからぐっと引き寄せて捕まえる。
「…つかまえた」
「離しなさい」
「嫌だよ。まだ僕の話は終わってない」
「密着してると暑いのよ…!」
「離したら逃げるでしょ」
捕まえる、といっても、抱き寄せたといったほうが正しい。
僕よりも小さな体がすっぽりと腕の中に収まって、その痩せ具合に少しひやりとした。
「誘われたとき、嬉しかった」
「嘘よ」
「なまえの曲を聞いてきたのは、誉めるためだった」
箇条書きのように言葉を連ねていく。
余計な言い回しをすると、さらに誤解されそうだから。
「改善点しか聞いてないわ」
「話が終わらないのに、なまえが拗ねるから言えなかった」
「…続き、聞かせなさいよ」
「…素直な言葉なのにストレートには響かない、不思議だけどいい歌詞だった。
自分でももどかしく思う気持ちが伝わって、なまえらしいなって思ったよ」
するりと腕を離しても、もうなまえは逃げなかった。
その代わり耳を真っ赤にして、ばつが悪そうに謝ってくれた。
…バカだなあ。
最初から少し待てば、こんなことにはならなかったんだけど。
「…ねえ、なまえ」
「な、何よ…」
「今度は僕のおすすめのお店行こうよ」
「…え?」
自分でも口許が緩むのがわかった。
「仕切り直し。ここからそう遠くないから」
「…いいの?」
「だって、息抜きに来たんでしょ。僕、まだ全然息抜いてないし」
ね。
手を伸ばして、逃げ出さないようにその手を握る。
少し汗ばんで、でも気持ち悪くなんてない、小さい手。
嬉しそうに頬を染めて笑う姿がとても可愛い、と思う。
僕はその笑顔が見たいから、なまえの誘いに乗ったんだよ。
でも、話をこじらせたペナルティがあるから、言ってあげない。
「藍、ごめんね」
「別にいいよ」
…僕が言うのが恥ずかしいから、なんてそんなことはない。
暑い暑い夏の熱気で、溶けてしまいそうな月曜日。
繋がれた右手もいっそ溶けて完全に繋がってしまったら、こんな喧嘩も少しは減るのだろうか。
チョコレートマンデー
甘くほろ苦い、ビターのような優しさを。
0731
初藍ちゃん。
ちょっとまだつかめないけど、
ベビーフェイスな毒舌は素敵だと思います。