忘れてしまうことができたなら、どれだけ楽だったか




きらきら、という表現はいきすぎているかもしれない。

本当はこっそりと、慎ましやかに光っているはずのそれは、私にはスポットライトよりも目に痛く感じられた。

白くて長い指によく似合う、銀色の、薬指のリング。

二月ほど前、彼の指にそれがはまる瞬間を、私は間近で見ていた。

白に包まれて幸せそうに笑う哉太と、あのひと。

一番の女友達、と哉太に招待されて、焼けるような胸を押さえて式場に訪れたのが、昨日のことのように強く記憶に焼き付いていた。

私のなかで、時間が止まっているだけなのに。

「でさ…聞いてるか?」

「あ、ああ…聞いてるよ。なんだっけ?」

「…聞いてねーじゃん」

「ごめんごめん」

笑い飛ばしてごまかすしか、私には手立てがなかった。

コーヒーカップを手に取る左手。

私に存在をいやと言うほど見せつける、その指環。

泣きたくなるほど胸が痛いのを、一体私はいつまで堪えればいいのか。

「で、あいつもまたなまえとお茶してーって言っててさ。今度少し遠いとこまで遊びにいかねぇ?」

その笑顔。

その、嬉しそうな笑顔。

「…ん、いいね!楽しみ。哉太の奢り?」

「はぁ?お前のぶんは払わねーよ」

けらけらと笑う哉太は、私の心を締め付けていることを知らない。

それでいいのだと、わかっている。

「…酷いなぁ、哉太」

「はぁ?…んだよ、しおらしいな」

「うっさい!」

「うわ、ウルセー。そんなんだから男できねーんだろ」

珈琲が、尽きる。

濁りの残ったカップの底はただ汚く見えて、つくづく自分を連想させる。

爪で弾くと澄んだ音がした。

…ここは、自分と違うようだ。

「ん、おかわりするか?」

「いーよ。…哉太も飲み終わったでしょ。もう出る?」

哉太に見せていた写真集を仕舞う。

私の出した写真集だ。

大学で出会って、仕事仲間になって、それから。

ずっと見つめてきたのは、星空と彼だけだったのだ。

…目の前が滲みそうで、滲んだら今までの努力が全て駄目になりそうで。

しぱしぱと瞬いて涙を散らすと、哉太が怪訝そうな顔でこちらを見遣る。

「大丈夫か?」

「え、何が?」

「…俺の勘違いか」

勘違いじゃ、ないんだよ。

そんなことは言えない。

こんなにも好きだ好きだと心が叫び続けて、とうに枯れきった喉が潰れそうだ。

大人になっても青臭いままで、なんだか情けなくなってしまう。

リュックを取る左手の、鈍い光に目が眩む。

一生咲くことのないこの恋の花が枯れるのはいつなのかと、枯れた喉がまた、叫んだ。


忘れてしまうことができたなら、どれだけ楽だったか

貴方に届けたくない言葉が山ほどある。



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