雨が降る





彼は酷く綺麗に笑うのだ。

顔の筋肉が収縮して、目を細めて、口角をくっと上げて、その薄い唇を引き伸ばして。

エメラルドのような冷たい鉱石の瞳が、スッと細まる。

時折見るその笑顔は、氷よりも冷たい。

冷笑というわけではないが、感情のこもらないその笑顔は、どこかひんやりと私を冷やす。

「ラビ」

雨が止まない、任務先。

もう何日も降り続く雨はしとしとと静かで、この雨にうんざりとしているのか町の人々の姿はない。

揺れる灯りを遮る人影が、窓の向こうにゆらりと映る。

漆喰のようなざらざらした白壁は雨を滴らせて、指を当てると水の流れが二手に割れた。

「何さ」

「雨、止まないね」

「だな。参ったさね…雨上がりにしか出ないイノセンスなんて、どんだけ都合いいんさ」

レアもんだろ。

そう茶化して笑う。

その笑顔は、ほんのりと暖かいのに。

「そうだねぇ」

「なんか話でもして時間潰すしかないさね」

「じゃあ、ラビが見てきた戦争の話」

「…もうちょい、楽しい話しねぇ?」

苦笑混じりにこつんと頭に触れる拳。

雨に冷えた手は冷たくて、そっと手で包むと尚更ひやりとした。

緩くニギニギとその手で遊んでみる。

戦いで傷付いては固くなった手のひらが、私の手とよく似ていて、なんだか嬉しかった。

「子どもみたいさね」

「私?」

「そ。オレの手握っててもご利益ないさ」

するりと私の手から逃げる手のひら。

黒いコートのポケットへ突っ込んで、仄かに白く染まる息をゆっくりと吐き出した。

屋根の下で、冷えてこそいれど濡れていない壁に寄り掛かる。

黒と白しかないような景色の中で、焔のような赤毛とマフラーが目に鮮やかだ。

耳につけた赤いピアスが、ぼんやりとした景色を写して白く光る。

「…どこへ行っても戦・戦・戦。」

「?」

「戦争の話。特別さ」

隻眼は雨の向こうを見据えていた。

「憎しみは戦いを生む、戦いは血みどろの悲しみを生む、悲しみはアクマを生む」

千年伯爵は、頭が良いのだと思う。

真っ暗な闇から、確実に世界を動かしているのだから。

アクマと戦うしかない私には、諸侯がどうだの国がどうだのは、正直よくわからない。

ただ、漠然と、私たちもその動かされている側なのだとしか判らないのだ。

「攻撃されたら、己を守るために武器を持って戦うしかない。結局守りあってるんさ」

「守りあうくらいなら、攻撃しなければいいのに」

「憎しみのやり場がなくなるさね」

「…」

何も言えない。

「…矛盾してる」

「ニンゲンなんてそんなもんだろ」

その冷めたように聞こえる言葉は、そうとしか言えないと言っているように思えた。

「……ラビは、そんな戦場を、いくつも見てきたの」

「あぁ。…この戦争もそうさ」

矛盾から目をそらして、ただ、世界を護るために戦っている。

ラビもその矛盾に取り込まれた一人なのだ。

時には教団に、時には伯爵に。

善とも悪ともつかない彼は、既に何故戦うのかという疑問が無意味であることを悟ってしまったのかもしれない。

「…どうして戦争は、消えないんだろうな」

ぽつりと漏れた、彼の本心。

それは人間だからだ。

先程の話からすれば、そうなる。

「…どうして…」

強くなる雨に掻き消されそうな、その声が終わる前に、その腕を引き寄せて引かれた体を抱き締める。

私よりもずっと大きい体を、きつくきつく、離れないように。

意外にも無抵抗な彼は、空っぽの脱け殻のようだった。

心を殺して、血を見つめる、その碧緑の目だけが光を宿す。

殺しきれずに溢れた心が、雨と一緒に地面に跳ね返って、消えていくようだ。

「…なまえ、」

ゆっくりと回される腕は、僅かに震えていた。

そう感じるだけかも知れないが。

「…Jr.」

今までの、ラビ以前の彼を示す、たったひとつの単語。

Jr.としての歴史を積み重ねた彼を、19年分の彼を。

「きみも、人間なんだよ」

信じることを諦めて、疑いだけを抱えて生きてきた彼が信じられるものは、最早もう何もないのだろう。

終わる戦争も、続く平和も、悲しみのない世界も。

風に吹かれて吹き込む雨に濡れた彼の顔は、まるで泣いているように見える。

隻眼の下に、キスを贈る。

見えぬ涙を拭うように。

すがるように力の込められた腕が、返事の代わりだとなんとなくわかった。

彼の肩越しに見える空の雲に切れ間が覗く。

差し込む光に照らされた雨が、虹を写しだす。

あれがイノセンスなのだとわかったのは、固く私を抱き締める腕が、漸く離れたときのことだった。


雨が降る

愛をひとつ、わけてあげる



0122
坂本真綾さんの「雨が降る」になぞらえて。







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