病人に哀をこめて鉢植えを贈る
病室は薬くさい、とぼやくなまえは、ひどく退屈そうだった。
俺が幼い頃は、もう少し楽しそうだったと思う。
周りの大人も看護師の人も優しくて、話し相手には事足りていた。
ゲームはなかなかできなかったけれど、入院中限りとはいえ、友達もいた。
なまえには友達を作る気はないのかもしれない。
「同い年のやつとか、いねーの?」
「いないよ、個室だからなかなか他の人とも会わないし」
個室を希望したのは、本人だと言う。
広く白い無機質な病室で、なまえだけがほんのりと色付いていた。
なまえが入院したのは、もう三ヶ月も前になる。
天体観測中に倒れて街の病院に運ばれて検査を受けたところ、病気が見つかった…らしい。
詳しいことは誰も教えてはくれなかった。
ただ、なまえが来年、俺達と一緒に進級することができないのは、確定となった。
なまえは何も言わずに、ただ、「そっか」と呟くだけだった。
寂しそうに影を落とす瞳が、少し痛々しかった。
「それより学校の話、聞かせて」
「ああ。そーだな…ああ、月子が弓道でスゲー頑張ってる。
男にもひけをとらねぇって、金久保センパイがほめてた」
「月子は努力の人だからね…」
嬉しそうに笑うなまえ。
他にも、錫也が新手のスタイルで起こしてくるようになっただの、テストで赤点回避しただの、ありったけの日常を話す。
頷いて、周りが許す限りの声をたてて笑うなまえは楽しそうだ。
ただ、時折苦しそうに咳き込んでいた。
思い付く限りのことを話終わってしまい、短い沈黙が部屋を包む。
ふっと頭を掠めたのは、「なまえちゃん、いつ帰ってくるのかな」と呟く月子の姿だ。
「…月子、寂しそう?」
不意になまえが口を開く。
たった一人の女子生徒となってしまった月子を、なまえなりに心配しているのだろう。
「…早く帰ってきてほしいね、って言ってたぜ」
「そっか」
また、寂しそうな瞳をする。
胸の心臓のあたりが、いつもの発作とは違う痛みで締め付けられた。
俺には、薄々察しがついていた。
個室なんて、個人の希望でとれるものじゃねえってこと。
三ヶ月もの入院は、検査入院にしては長すぎること。
そして、日に日になまえの腕や足がか細くなっていること。
何を意味するのか考えるよりも先に、いつのまにかベッドから消えてしまった、病室の人を思い出した。
皆元気がなくて、痩せ細った人ばかりで。
空っぽになっては埋まるベッドの枕元には、切り花があった記憶がある。
よく見舞いに来るのは俺くらいのようで、なまえの枕元の花瓶には花の一本も挿されてはいない。
「…薬くさいなら、花でも持ってきてやろうか?」
空の花瓶を指差すと、ゆっくりとした動作でなまえは花瓶を手に取った。
「…植木鉢」
「は?」
「鉢植えの、花がいい」
淡い花柄のそれを撫でながら言う。
病人に鉢植えの花を贈るのは、病院に根付くようで不吉だ、と昔聞いた。
だから見舞いの花と言えば、あまり香らない綺麗な切り花が普通のはずだ。
それを本人から鉢植えがいい、という。
「だってさー、病院にいたら、また哉太が来てくれるでしょ」
「…来なかったら、学校来るのかよ」
「わかんないけど、この部屋なら、さ」
ほんのりと朱を差したように、なまえの頬が染まっている気がした。
(月子にも錫也にも邪魔されないで、ずっと一緒にいられるから)