赤い痕跡
ごろりと寝転がる姿を遠目からでも見つけられたのは、もう何度も目撃しているからだ。
相変わらず無防備な寝顔をさらし、微かないびきと共にぐっすりと、そりゃもうぐっすりと寝入っている。
隣に座っても、悪戯半分で写真を撮っても、少し指先に触れてみても。
何をしても一向に起きない哉太は、私の彼氏様だ。
「…彼女がいるんだぞー」
呼びかけたところで返答がないのはわかっている。
溜息をついて白い頬をつついても、眉をしかめようともしない。
そんな哉太をじっと見つめていると、少々暑かったのか、首から胸元までシャツが出来得る限り下げられていた。
最高気温は26℃。確かに、暑いかもしれない。
頬と同じく白い首筋に、そっと指先を這わせてみる。
少し汗ばんだ肌に吸い付くように、ぴとりと指の腹がくっついた。
薄い肌の向こうでとくとくと脈打つ血管が、指に直に伝わってくる。
まだ、この人は生きている。
それを知るだけで、何故か肩の力がフッと抜けた。
と同時に、こんなに触れても気がつかない哉太に、少なからず苛立ちを覚えた。
「ばか」
小さく呟いたところで、本人は気がつくはずもない。
太陽の下に晒された白い肌は、傷も汚れも曇りもない。
ふと、綺麗なものを汚したくなる。
真っ白い紙に赤いクレヨンをひきたくなるように、無垢な素足を泥水に浸けたくなるように。
哉太の頭の横に手をついて、上から見下ろす形をとる。
そのまま覆いかぶさって、鎖骨の傍に唇を寄せた。
舌先でぬらりと濡らして、そのまま噛みつく。
薄い肌をつまみあげるようにして、裂けない程度に力を込めた。
ちゅ、と吸い上げて唇を離す。
アホか、と思いながら、満足気に笑う私がいた。
誰でも見える、見えてしまう場所に、紅く小さく、歯型がひとつ。
私のものだよ、って。
とらないでね、って。
「哉太、好きだよ」
横に寝転んで、いつの間にか呼吸が浅くなった哉太を見つめながら呟いた。
本当なら、その左手の骨っぽい薬指にも噛み付いて、リングの変わりに跡をつけてみたい。
誰も近寄らないように。
男子校同然のこの学園では、意味などないかもしれないけれど。
こんな独占欲も、悪くないでしょう。
(…起きてるよ、ばぁか。)
――――――
H24.4.15
深夜のテンションって、怖い。