生きる音



イヤホンから流れる音楽がフェードアウトして、途切れる。

外界の喧騒から遠ざかっていた意識が、フェードアウトと共に微かに聞こえてくる雑音によって呼び戻された。

この瞬間がたまらなく嫌いだった。

逃避できないこの狭い空間で、逃げられるのは自身の無意識の中だけである。

耳を塞いで目を閉じて、消えてしまいそうな呼吸を繰り返して。

自分自身が透明になりそうなほどに、深く深く、意識を飛ばす。

そうすればこの空間から飛び出して、別の世界へ行ける気がしていたのだ。

「…ね、かなた」

隣で眠る人のように、暖かい世界に。

夜明けの冷えた空気に押し潰されそうな私を、唯一繋ぎ止める温もり。

耳元で歌うイヤホンで、彼の寝息は聞こえない。

触れる指先の温度に癒されて、聞こえない鼓動を辿るように指を首に這わせる。

とくり、とくりと脈打つ動脈。

その鼓動は私の指先から心臓をずぐりと貫いて、泣きたくなるほど苦しくさせる。

「…かなた、」

「……なんだよ」

寝惚け眼でこちらを見据える哉太。

ふわふわした声が、イヤホンを通り越して私の耳に届く。

「だいすき」

苦みの滲む言葉が舌先に乗る。

すき、と何度繰り返したところで、満足するなんてことはないのだろうけれど。

言わずにはいられない愛を幾度となく絞り出す。

口からぽろぽろ零れ落ちる言葉を、哉太の手は簡単に受け止めた。

身を起こした哉太はまだ眠そうで、目が相変わらず寝惚けている。

猫背になって私の両頬をその手で包んで、こつんと額がぶつかった。

長い睫に翡翠の瞳。

銀に光る降ろした髪の毛が、仄暗い部屋の中できらきらしていた。

「…おれもすきだ」

掠れた低い声が、歌の向こうから響いてくる。

薄い唇が私とくっつく直前に、頬にかけられた指が私のイヤホンを外した。

温いそれが重なる瞬間、私は現実に引き戻されて初めて、哉太の吐息と体温を聴いた。


生きる音

貫かれた心臓に、深く響く音。



0222






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