月すら消して、
あ、十六夜だ。
月を見上げてそう呟くなまえ。
夏の夜らしい、騒がしい星空のなかに、ぽっかりと浮かぶ月。
一見真ん丸に見えるけれど、ほんの少しだけ欠けている。
欠陥品のようにも見えるその月は、まるで自分のようだった。
「哉太、十六夜だよ」
「聞こえてるっつーの」
「ね、綺麗…」
うっとりとその月に見とれているなまえはとても優しい顔で、俺はむしろその顔に見とれていた。
「ねえ哉太、哉太はお月様好き?」
「嫌いじゃねえな」
日に日に欠けていく姿は、実は嫌いだったりする。
どんどんなくなっていくその姿が、俺の未来を映しているかのようで。
俺はもうとっくに満ちていて、もう欠けるだけなんじゃねぇか、って。
時折怖くなって、下弦の月や新月が見られなかったりもした。
「…哉太、ほんとは月嫌いでしょ」
苦笑と共に見抜かれて、嘘がばれたガキみたいな気分になった。
優しい柔らかい手がのびてきて、緩く俺の頭を撫でる。
その温もりにほっとして目をつむると、俺には闇しか見えなくなった。
ゆっくりと瞬きするようにして視界を再び開くと、月明かりに照らされて青白く光るなまえ。
微笑を浮かべてもう一度月を見遣る。
こいつの隣にいる間だけは、月は酷く綺麗に見えた。
昔どっかの人がI love you.を「あなたと見ると月が綺麗ですね」なんて訳した、とかいう話を思い出す。
本当にその通りだと思う。
でも、目の前にいる俺よりも月に見とれるのは少し気にくわない。
俺と似てるからか、単にこちらを見ないからか。
天体にまで嫉妬心を抱くなんて、いよいよ俺も末期だな。
自嘲の笑みを漏らしながら、長いまつげの瞳をそっと手のひらで覆い隠す。
「…哉太?」
「月じゃなくて、俺を見ててくれよ」
「…哉太、月が消えちゃうよ」
くすくすと笑いながらも、手を振りほどかないなまえ。
「お前をそんなに惹き付ける月を消せるくらい、俺の気持ちはでけぇの」
「相変わらず、ロマンチストだね」
「うっせ。ほら、こっち向け」
優しく微笑んで瞳を閉じる。
その顔がやけに青くて綺麗で、月が綺麗なんじゃなくて、月に照らされたお前が綺麗なんじゃないか。
そんな盲目とも呼ばれそうなことを思いながら、静かに唇を寄せた。
月すら消して、
邪魔者のいない暗闇に
0805