爪先まで染めて
病院の用事で街に出て、だるい診察を
終えて帰ろうとしたところだった。
ふと、ショーウィンドウのアクセサリーが気になったのは。
ほら、俺ってオサレだからなっ。
なかなか来ない街にくると、ついついこうしてチェックしてしまう。
そんなふうにフラリと立ち寄った小さな店の、奥の棚。
色とりどりのマニキュアが、ずらりと並んでいた。
そのなかでも淡い青緑の色合いで、キラキラとラメが光る一本が、とてもなまえに似合いそうで…。
「喜ぶかな、あいつ」
気がついたら買っていた。
ラッピングを頼んだら、店員の女の人に「彼女へのプレゼントですか?」なんて聞かれてしまい、なんだか気恥ずかしくなる。
自分用、ともいえないので曖昧にごまかした。
買ったはいいけれど、渡すことを全く考えてなかったことに気がつく。
いやいや、普通に渡せばいいだけだろ。
おまえに似合いそうだったから…って。
…言える気がしねえ…!
そんなくだらない悩みを抱えてバス停につくと、見覚えのある人影があった。
「なまえ!」
「おかえり、哉太!」
「おま、なんで…」
「今から帰る、ってメールくれたの哉太でしょ。メールから何便に乗るか逆算して待ってたの」
体調良さそうだね、と笑う。
別に学園で待ってりゃ会えるだろ…なんて言えるはずもなく、実際は待っててくれたことがめちゃくちゃ嬉しかった。
「ありがとな」
「ん、なにが?ほら、かーえろ」
照れ臭いのかとぼけて、俺の目の前を歩こうとする。
ここまでわざわざ迎えに来たのに、俺とは並んで歩いてくれないのがなんだか嫌で、その手を引いた。
「っ、わ…」
俺よりずっと小さい手が、すっぽりと手の中に収まる。
「学園まで…だけどな」
「ええ、私は別にいいのに…」
「俺が!恥ずかしいんだ!…カッコ悪いけどよ」
人前で手を繋ぐことさえ、俺にはいけないことに思える。
確かに虫除けにはなるだろうけど、もう少しばらさないでおきたいから。
「…あ、忘れるところだった」
「ん、なに?」
「これやるよ」
カサ、と紙袋を取り出して手渡す。
先程買ったマニキュアだ。
開けていい?と首をかしげるなまえに頷くと、嬉しそうにガサガサと袋をあけた。
ころんと転がり出た小さな瓶を、陽に透かすようにして見入る。
「…ねえ哉太」
「ん?」
「これ、哉太色だね」
ふわりと笑って大切そうに袋にしまう。
頭の中で何度か復唱して、一気に顔に熱が集まった。
大事につけるね、なんて言うから余計に熱い。
「…そ、その色…好きか?」
「ん?うん、だーい好きだよ」
小さくガッツポーズをして喜んだのは、誰にも言えない秘密だ。
爪先まで染めて
心の芯まであなたいろ
0708